夕日よりも真っ赤な君


急に降り出した雨は、止む事を知らずに大粒で降りて来る。その雨露が身体にあたる度に大きく跳ねた。


「はあ…こりゃついてない」


地元の駅について改札を出た瞬間。この雨。どしゃ降りのこの中を傘も無く走って帰ろうなんてとてもじゃないけど思えない。溜息を溢しながら、避難している人達に混ざって私も棒立ちの様に立ちつくしていた。窓ガラスを叩きつけていたあの雨は雨脚を更に強めて吹き荒れる。まるで轟々たる嵐を連想させて、ますます足踏みをしてしまう。
近場の店にでも避難して、止むまで待ってるかと行動を開始しようとした所、珍しい人に遭遇した。


「お前…」
「あれ、松岡くん?」


ジャージを着て、帽子を被った松岡くんがこの密集の中に居た。背の高い彼は少しだけ周囲の人達より頭が少しだけ出ていた。何だ、あの大きな人は松岡くんだったのか。埋もれる雑踏の中から見えた人物が松岡くんだったことを知り、納得と手を打つ。そんなぼんやりとした私に松岡くんは息を吐きだして、その場に留まる。


「何で居るんだよ。アイツは?」
「今学校帰り、七瀬くんは知らないけど」
「いつも一緒じゃねぇの?」
「違うよ?クラスは一緒だけど部活は違うし、家も逆方向だし」
「ふーん」


首を傾げて彼を見上げるけれど、真意は解らなかった。何だか尋問されている気がしたけど、気の所為か。私は松岡くんの事を深く知っている訳じゃない。友達と呼んでいいか迷う程の知り合い程度の間柄、だと思う?出会いも出会いだったし、何だか……複雑。
うーん、と唸りながら眼を瞑っていると「 おい 」と声をかけられる。


「なに?」
「電車通学?」
「ううん。雨の日限定で電車通学」
「あっそ。んじゃ歩き?」
「うん。だけど、この雨じゃ身動きとれなくて」
「だな」


二人で見上げた空は、まだまだ泣きだし。当分は待ちぼうけをされるのだろうと覚悟した。


「そう言えば、松岡くんは何しにここへ?」
「なんで?」
「だって、全寮制の学校なんでしょ?」
「まあ。……、別に関係ないだろ」
「まあ…そう、言われちゃったら元も子もないんだけど…」


頭部に手を置き、髪を掻く。何だか素っ気ない態度だ。でも、しょうがないと言えばしょうがない。彼と会う時はいつも七瀬くん達が一緒の時だけだったから…。そう考えるとこうやって二人きりなのは初めてなんだな……うーん。再び唸りながら自分のつま先を眺めた。


「なあ、お前って演劇部の脚本家なんだったな」
「え?うん、そうだよ」
「面白かった」
「へ?」
「だから、お前が書いた演劇面白かったって言ってんだよ!」


不機嫌そうに眉を寄せて松岡くんは言った。とても褒められている気のしない雰囲気に、私は空返事になりそうになってしまう。


「あ、えっと、その、ありがとう……?」
「…何で疑問系なんだよ」
「いやっ、その…嬉しいんだけど、何だか実感が湧かないと言いますか、台詞がなんか違うと言いますか…」


しどろもどろにそんな言葉しか思い浮かばずに、沈黙が続く。視線を思わず上へ向けると、そこには何だか苛立ったような彼の様子が窺えた。ああ、怒らせたか?短気なんだな。と一人解釈していると、松岡くんは付け足した。


「水の事に関して、俺と同じ解釈だったし、お前の真摯な受け止め方が気に入った。それから、あの人魚姫も後悔じゃなくてそれが思い出に変わる解釈とか、俺は普通にお前の書いた物語が好みだった――って、い、妹が言ってたんだよ!」
「……」


顔中に熱が集まっている照れた松岡くんの表情が嘘じゃないことを物語る。髪より赤く染めるその頬に、私は吹き出してしまう。それを松岡くんは勘違いして怒っていたけれど、それとは逆で、嬉しくて笑ったんだ。


「ありがとう、松岡くん。そんな風に言われてとても嬉しい」
「ッ!!…そ…そうかよ」


いつの間にか足止めされていた雨は上がり、空には晴れやかな夕日が彩る。雨が降ってついてないと思ったけれど、実際、とても有意義な時間が過ごせたから、こんな日もいいかもしれないと私はまた笑ってしまった。