はちみつの魅惑


「名前ちゃん!」


後ろから抱きつかれるような勢いで背中に激突される。


「ぐふっ!?」


妙な声を上げながら扱けそうに為る所を、隣を歩いていた橘くんが受け止めてくれる。


「だ、大丈夫?」


彼の巨躯に受け止められて、私と葉月くんは互いに顔を上げて橘くんを見上げた。


「ごめん、橘くん。助かった」


苦笑しながら言葉を探すと橘くんは首を振って「 ううん 」と言ってくれた。


「名前」
「あれ?潤」
「これ」


声をかけられて隣を向けばそこには、軽音部の友人、潤が可愛らしい紙袋を下げてこちらを見つめていた。差し出された物を受け取り、中身を拝見すると、私は顔を上げた。


「それ、聞きたいって言ってたから」
「ありがとう!聞きたかったんだ」


笑みを浮かべてお礼を言うと潤は、柔らかな笑みを見せてくれる。すると、いつまでも後ろで抱きついて剥がれない葉月くんが潤を見上げ、潤は葉月くんを見降ろした。


「そう言えば二人って…幼馴染だったんだっけ?」


橘くんの和ませる声は虚しく、二人の間には寒々しい空気だけが流れていった。


「「 はあ、まあ 」」


気薄なその返答の仕方に、橘くんは何だか申し訳なさそうにしおれる。互いに見つめ合いながら、葉月くんの方が口を割った。


「呼び捨てなんだ?」
「アンタに関係ないでしょ。名前、荷物重そうだね?持ってあげる」
「えっ?あ、ありがとう……」


有無を言わせぬ速さで潤は私のトートバックを持って「 行こう 」と促される。すると、自然と葉月くんの緩まった拘束を抜けだし、潤と並んで廊下を歩いて行った。
それを厭けらかんと見送る橘くんに葉月くんは頬を膨らませて、鳩尾を喰らわせた。


「ッぐ!?」
「……まこちゃんの馬鹿」
「えっ?!何で??俺なんかした?」
「大体、僕一人で彼女くらい抱きあげられるよ…このお節介のアンポンタン」
「なっ……何か酷い言われよう」
「ふん、だっ!べー!」


舌を出してもう一度橘くんの鳩尾に拳をぶつけて葉月くんは廊下を駆けだした。とばっちりを受けた橘くんは朝から憂鬱になりながら教室へと向かうのだった。



「名前ちゃん!」
「あれ、葉月くんどうしたの?」


周囲を確認してから葉月くんは私の所へやってくると割と平均的な彼の長身から伸びる腕が私の手を掴むと笑う。


「水泳部に見に来て?」
「えっと……なんで?」
「天ちゃん先生が、アイス奢ってくれるって言ってたから、名前ちゃんもどうかなって思って」
「いいね。でも、私部外者だし、遠慮するよ」
「この前タイム測ってくれたり、色々と手伝ってくれたお礼がしたいって天ちゃん言ってたし…人の好意を無下にするのもよくないと思うなぁ」


そう言って葉月くんは小首を傾げて「 お願い 」って姿をする。そんな葉月くんの可愛らしい仕草と瞳に何だか、まあいっかって気になってしまう。


「じゃあ…お言葉に甘えて」
「うん!皆で食べるアイスも格別だと思うし!僕も嬉しいから、ほら、行こう!」
「あわわっ。ちょっと葉月くん」


そう言って善は急げの如く、葉月くんは私の手と繋ぎ走り抜ける。そんな子供らしい葉月くんの後姿を眺めながら、可愛いと思ったのは内緒。