喫茶ポアロ開店の月曜日


安室透という男に対して眉目秀麗な優男だ、という第一印象を抱いていた。

喫茶ポアロ、そして場外に突如としてその存在が知られたのは、第一に彼の容姿だと私は思う。万人受けしそうな笑顔に、キラキラと眩かしい髪の毛、更には誰にでも物腰柔らかい姿勢。初めてこの場所を友人と訪れた時、彼女は、「どこかの国の王子様みたい」と言っていたのを思い出す。その時は、「確かに」とその言葉に納得した。
だからこそ、そのような彼と平凡な私が深く関わることは無いと思っていたし、有ったとしても客と従業員の関係以上友人の関係未満だと思っていた。



しかし、友人も気に入ったこの喫茶店に、両手では数えられなくなる数を訪れた頃、ふとあることを感じた。今思えば、もうこの時には彼に惹かれていたのだと思う。

「#名前#さんは、そのような本がお好きなんですね。僕も好きです」
「カフェオレ美味しいですか?」
「その男性をよく見ていますね…妬けます」

お店を繁盛させる為の行動だ、他意はないと言われればお終いだが、中々に距離が近くないか?と感じたのが、閉店ももうすぐだという時間に一人で訪れた時のこと。ドキドキとする台詞を恥ずかしげもなく、彼は口にした。
距離というのは、隣に座っている彼との距離ではなく、心の距離という意味だが、これまでの彼の行動を改めて振り返ってみて、あれ?安室さんってこういう人だっけ?となったのを覚えている。従業員は安室さんだけで、客は私だけだった。


そしてその日の何日後か。彼と関わって…否、人生最大の驚きの一日が私を襲った。
まず第一に、ラストオーダーであるカフェオレを飲み終わり、荷物を纏め、帰る準備をしていた時、「家は何処ですか?お送りします」と言われたことだ。さすがに悪いとその申し出を断ろうとしても、「夜中の女性の一人歩きは危ないですよ」と何時もとは違う雰囲気で言われ、最終、彼の乗るスポーツカーまで丁寧に、そしてあれよあれよという間にエスコートされてしまった。この日も、ポアロには彼と私の二人だけ。

「僕もあのシリーズ好きですよ」
「本当ですか!?」
「はい」
「特に、三巻の男性の動機に驚きました…!」
「ですね。…女性のインパクトも中々でしたよ」

安室さんは流石という程、聞き上手で話し上手であった。無言の空間を心配したが、杞憂だったようだ。自身が話題を提供するのも、私から話を引き出すのも、お手の物らしい。自然に話が進んでゆく。

「それで……あ」
「あ、」

彼に告げた私の家が見えた瞬間、もう少しこの時間が続いて欲しいという感情が頭を掠めたことに驚きつつも、そろそろこの恋心を隠しきれないなと悟った。
この間、もう一人の従業員である梓さんが言っていた、「安室さんは、JKからお婆さんにまで人気です!」という言葉を思い出す。つまりは、そういうこと。私もその一人という訳だ。

「あの…ありがとうございました」
「いえ、」

夜のマンション前に似合う声量で、助手席を開けて、外に連れてくれた安室さんにお礼を言う。もちろん、名残惜しい気持ちは隠したままで。
だって、私は多くの客の一人なのだから。



「待ってください」

マンションへと姿を消すという筋書きを変えたのは、彼の一言と私の腕を掴む大きな手だった。思わず、足が止まり、彼の姿を捕える為に、振り返る。

「#名前#さん。貴女のことが好きです」

は…?と声を出さなかった自分を褒めたいほど、この時の私は、頭の中をハテナで占領されていたのだ。彼に告白をされた…これこそが第二で、過去最大の驚きであった。





「どうかされましたか? 具合が悪い…とか?」

カフェオレに入ってある氷が、室内の程良い暑さを吸収し、音を出してズレた。
彼もその事が気になったのだろう。さり気ない立ち回りで、私の元へ来た。そういう所が、本当に流石だ。

「いえ。ここへ来た時のことを思い出していたんです」
「ここへ来た時のこと、ですか」
「はい!」
「……そういうことにしておきましょう」

結果的に、あの日から人気者の彼とお付き合いをすることになった。告白をされた瞬間は、驚きで固まってしまったが、表情が内心の困惑を物語っていたのだろう。彼は、私の言葉を根気強く待ってくれた。
一言出すだけなのにかなりの時間を要したあの日が懐かしい。



カランとその場に響くドアベルの音に、私の考えていたこともお見通しのような彼が、振り返った。「お客さんですよ」と私の言葉に、従業員の安室さんは、笑顔で頷く。

「では、また後で。送らせてください」

傍を通り過ぎる際に、私の耳元に囁くように言葉を紡ぐ彼の行動は未だに慣れず、顔に熱が集まるのがよくわかるが、既に安室さんは入口に寄っていた。私の耳を擽った声とは違い、「いらっしゃいませ!」という爽やかな声が聞こえる。


今日も、安室さんは忙しそうだ。







- 慕情 -


星迷列車