幸せの証明

※関西弁がよくわかりません。違和感あったらすみません。


庭からはしゃいだような声が聞こえて本を読んでいた太宰は窓の外に目をやった。宮沢賢治と新美南吉、それから名前がしゃぼん玉を飛ばしていた。しゃぼん玉は虹色をまとい、光に照らされてきらきらと輝き、はじけて消えていく。
新美が何かを言って、名前がそれに答えている。しかし、この距離では笑い声が聞こえるくらいで内容は全くわからなかった。

「おい、太宰」
「うわ……志賀直哉。俺に何の用だよ」

庭の様子に気を取られていたせいか、近付いてくる人の気配に気付かなかった。声をかけてきたのは志賀直哉だった。
一度突っかかったことは認めるが、売り言葉に買い言葉するつもりはないと手紙を受け取ってからは関わらないようにしていた。敵意を向けられることなんて予想できるだろうに、なぜ話しかけてくるのか太宰には理解できなかった。

「俺だって司書に頼まれてなきゃ話しかけねぇよ。誕生日のことで太宰と直接話すよう言われてるんだ」
「はぁ?誕生日?」

誕生日を祝うケーキを志賀が作っていることが多いのは知っているが、一体誰の誕生日だというのか。

「まさか忘れてるわけじゃないよな?名前の誕生日だろ」
「……はあっ!?」

今「名前の誕生日」と言っただろうか。確かに言った。なぜ自分も知らない名前の誕生日を志賀が知っているのか。

「な、なんでお前が知ってるんだよ!?」
「そう怒るなって。最初に言ったろ?司書に言われたんだって」
「司書さん……」
「って、おい!待てよ!」

とりあえず司書に真相を聞かなくてはと太宰は慌てて駆け出した。

「ご存知なかったんですか?」

気持ちが焦って太宰が要領を得ない説明をするのを黙って聞いていた司書は普段と変わらない様子でそう言った。誕生日を尋ねる機会もなければ、もうすぐ誕生日なんだと名前の方から言ってくることもなかった。

「いつなの?」
「明後日ですけど」
「明後日!?もっと早く教えて欲しかったんだけど。でも、司書さん、名前と誕生日の話とかするんだ」

仕事の話というか、必要最低限の会話しかしていないと思っていた太宰からすると意外だった。

「いえ、しませんけど」
「ん……?」
「ここで働く上で最低限の情報は出してもらって、そこに生年月日も入っていただけです。彼女が来てくれて助かってますし、歓迎会もやっていないので、ちょうどいいかと思いまして」

なるほどと納得してしまう。まあ、何であれ祝ってくれる気があるのは嬉しいことだ。時間はないが、太宰も出来る限りの準備をしようと思った。

◆ ◆ ◆


「今日、朝からなんとなくそわそわしてない?」

食堂に行こうと誘うと太宰の様子が普段と違うことに気付いたのか、名前は不思議そうな顔をした。適当にごまかしながら食堂の前まで来ると、太宰は名前を扉の方に押した。いつもなら太宰が先にさっさと入っていくから、名前は首を傾げる。

「いいからいいから」
「今日の太宰君、やっぱり変だね」

そう言いながら扉を開けた瞬間、パンと派手な音が続けざまに鳴った。カラフルな紙テープが宙を舞って落ちた。誕生日おめでとうと口々に声をかけられ、名前はただただ目を見開いて固まっていた。

「名前?」
「誕生日……私の?」
「そうだって聞いたんだけど、もしかして違う!?」

だとしたら大問題だ。太宰が慌て出すと名前はゆっくりと首を横に振った。誕生日だけど、まさかこんな……と呟く。太宰に促されて食堂の中心まで歩いて行くと、テーブルにはケーキが置いてあった。華やかなデコレーションに思わず子供のようにわあと声を上げてしまう。

「お、気に入ったか?」
「これ、志賀さんが作ったんですね。ありがとうございます」

不機嫌そうな太宰をちらりと見た志賀はまあ、好みは太宰の情報提供だけどなと言い残して馬に蹴られるのはごめんだとばかりに離れて行った。

切り分けたケーキを食べていると、賢治と新美がパタパタと駆け寄って来る。

「名前さん、見て見て」
「あ、しゃぼん玉」
「そうだよ!ボク達からの誕生日プレゼント」

画用紙一杯に色とりどりのしゃぼん玉が描かれていた。名前さん、お誕生日おめでとう!また遊ぼうね!とメッセージが入っている。

「ありがとう。嬉しい」
「じゃあ、僕からも」

2人の後ろに立っていた高村も画用紙を差し出す。名前と一緒にそれをのぞきこんだ賢治が真っ先に光さんすごーいと声を上げた。庭でしゃぼん玉を飛ばす3人が描かれていた。絵の上手さもそうだが、名前は自分がこれほど楽しそうな顔をしていたことに少し驚いた。

「あんまり楽しそうだったから、描きたくなって。よかったらもらってくれる?」
「あ、はい、ありがとうございます。すごい……」

賢治達が去った後、名前は高村がくれた絵をもう一度見た。笑い声が聞こえてきそうなくらいの笑顔だ。

「私、こんなに楽しそうにしてたんだ」
「してただろ」
「え、太宰君も見てたの?」

誰かが近づいて来るのに気付いたのか名前は顔を上げ、微かに身を引いた。どうしようか迷った後で立ち上がりかける。

「ちょ、待てって!逃げなくてもいいだろ」
「太宰君に用があるなら私は……」

坂口に引き止められ、名前は動きを止めたが、どう見てもこの場を離れたい様子だった。名前が図書館で働くことが決まった時、坂口と織田はかなり強く反対した。
友達が一緒に死のうとした女を近くに置いておくのをよく思わないのは名前にも理解できたし、司書に自分はここで働くべきじゃないのではと言ったこともあった。誰かが反対しようが、私はやるべき仕事をやってくれるなら構わないと力強いんだかそうでないんだかよくわからない言葉をかけられ、今も働き続けているのだが。
邪魔者扱いは慣れているし、それをかわす術も身につけているつもりだった。坂口や織田には関わらないようにどころか、なるべく視界にも入らないように気を配っていた。

「さすがに徹底的に避けられたら、ワシらも罪悪感あるわ」
「避けるというか、なるべく不快感を与えないように」
「不快感」

そう繰り返した織田は何が面白かったのか不快感なぁと笑っている。

「私の方が後から入って来たし、友達を危ない目にあわせたんだし、邪魔者扱いも仕方ないと思ってるから」

久しぶりにここまで顔色を変えずに淡々と喋る名前を見て、太宰はこれが彼女なりの自己防衛だったことに気付いた。何か言われても反応せず、なるべく傷付かないように。親しくなるにつれて表情が豊かになっていったのは、多分そういうことだ。

「まあ、先に色々言うたのはワシの方やけど、そこまで気にしとったん?」
「つーか、俺も名前がそこまで気にしてるとは思ってなかった」
「そこまでってわけじゃ……」

太宰にまで言われ、困ったように目をそらす。自分なりに図書館に馴染もうとしたのだが、間違っていたらしい。

「これまでのことはいいだろ。とにかく、俺もオダサクも、お前を追い出そうとか、恋路を邪魔しようとか思ってないってことだ」
「そうやな。諸々は水に流して、これからよろしゅうな」
「ああ……うん、よろしく」
「あと、これな」

状況が飲み込めないまま名前はとりあえず頷き、坂口が差し出した紙袋を受け取る。紙袋には「For you」と金色のシールが貼られていた。

「これ……」

持った感じだと本かノートかそのあたりだろうかと名前が考えていると、織田が楽しそうに言った。

「太宰クンの著作」
「え……マジかよ!オダサク!?」
「大丈夫やって、ちゃーんと明るい話やから」

お幸せにとかなんとか言いながら2人が去って行く。

「よかったな」
「うん、太宰君の友達に認めてもらえたのは嬉しい」
「……あー、そう来るか」

太宰は手で顔を隠すようにしてため息をついた。図書館で邪魔者扱いされないで済むことよりも、太宰の友達に認められたということの方が名前にとって大きいのだと思うと照れくさくて顔が熱くなった。
食堂は騒がしさを増している。見回せば騒がしいのは酒を飲んでいるテーブルだった。酔うと絡んでくる人間は多い。

「そろそろ行こうぜ。酔っ払いが増えてきたから、絡まれると厄介だろ」

素直に頷いた名前の手を引いて食堂から出る。窓から見えた夜空が綺麗で、それに誘われるように外に出た。この前、名前達がしゃぼん玉を飛ばしていた場所の近くにあるベンチに腰掛け、空を見上げた。

「風が気持ちいいね」
「そうだな」
「……誕生日祝ってもらったの、いつぶりだろう。久しぶりだった」

繋いだままだった手に力が入る。司書は何も言わなかったし、今日も少し顔を出しただけだったが、名前の家の状況を知っているから誕生日を祝うことを思い付いたのかもしれない。

「前も言ったけど、太宰君に会えてよかったし、ここに置いてもらえてよかった」

いつだったかと全く同じ言葉を口にして名前は笑みを浮かべた。太宰は何も言わず、触れるだけのキスをする。顔を近付けたままおめでとうと囁くと、名前は幸せそうに頷いた。

171104
title by 失青

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