甘い口福論

※普段書いているものより現代的な世界観です




隣を歩いている小林先生の様子をうかがうが、彼は図書館を出てからずっと辺りを警戒し続けている。出かけようとしたところで偶然会って、真面目な顔で用心しろよと言われたから、街に出たことがないのか尋ねれば、彼は頷いた。てっきり志賀先生あたりから連れ出されたことがあると思っていたのに。
図書館の中は安全だと信じてくれているのはいいが、外も安全なのだとわかってもらうべきだろうと連れ出したが、ここまで警戒されるとは思わなかった。自転車に乗った少年がすれ違いざまに怪訝そうにこちらを見ていたが、それは気にならないんだろうか。ほとんど不審者を見るような目だった。
待って、怪しいと思われて通報されたりしないよね。フードを被った挙動不審な男が……とか。あ、職質されたらどうしよう。もし警察官に声を掛けられたら、小林先生が脱兎のごとく駆け出す姿しか浮かばない。いや、それは余計に疑われる行動なんだけど。警察官に追いかけられたら、やっぱり逃げ続けるよね。

「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫です。買い物だけ済ませちゃいますね」

特務司書とか、文学書の侵蝕とかって、警察官は知ってるんだろうか。知っているなら話は早いが、知らなかったら、彼は転生した小林多喜二で、過去の諸々の事情で反射的に逃げてしまっただけなんです……って説明したところで、私まで頭がおかしいと思われるのでは?図書館の中での問題でも始末書を書いたり大変なのに、街で騒ぎを起こしたらどうなるかわからない。
何度か街に出て、それで慣れてもらうしかないのかもしれない。ここも安全ですと口でいくら言ったところで安心できるものでもないだろうから。
そんなことを考えながら、目的だった買い物を済ませる。街をぶらぶら歩き回るつもりでいたけど、今の小林先生にそんな余裕はなさそうだ。

「今日は帰りましょうか」
「もういいのか?」

はたりと思い付く。小林先生が喜びそうなこと。そうだ、何か食べて帰るのはどうだろう。

「もしよかったら、カフェかどこかで一休みしませんか」

人が多いところよりはいいはずだと、大通りから外れた小さな道にあったカフェに入る。お客さんはそれほど多くないが、雰囲気は良かった。メニューも豊富なようで、珈琲に紅茶、ジュースはそれぞれ何種類もあり、サンドイッチやパンケーキなどの軽食も揃っている。
それほどお腹も空いていなかったから、ロイヤルミルクティーにしようと決めて、小林先生がメニューをじっと見つめる姿をぼんやりと眺める。出してもらった水は微かに檸檬の風味がした。からんと氷が音を立てる。

「これ」
「はい?」

メニューを捲っていた小林先生の手が止まった。その視線の先にはパフェ。甘いものが好きだったかなぁと思い返してみるが、好き嫌いせず何でもよく食べるから、好きかどうかはよくわからない。あ、でもおはぎが好きだと言っていたような気もする。

「それが食べたいならどうぞ。初めて街に出た記念にご馳走します」

ずっと警戒していたし、何か一つくらい出かけて良かったと思えることがあればいい。食べ物で釣るようであれだが、また街に出てもいいかなくらいに思ってくれればと考えてしまうのも仕方ないだろう。小林先生は思った以上に嬉しそうにありがとうと言った。

「……すごいな」

心から感心したようにパフェを見つめる姿に吹き出しそうになる。こういうパフェが一般的になったのがいつ頃か知らないけど、先生の反応からして初めて見たのだろう。

「上にのってるのソフトクリームだから溶けちゃいますよ」

チョコレートスポンジにチョコレートクリーム、バナナ、カスタードクリーム、珈琲ゼリー、ホイップクリーム、そういうものたちが重なってできた層をじっくり眺めていた小林先生は慌ててスプーンを手に取った。
上にのっていたチョコレートソースがかかったソフトクリームとバナナを掬って丁寧に口に運んだ小林先生は目を見開いた。

「こんなの初めて食べたよ」

チョコレートとバナナという王道の組み合わせ。こんな新鮮なものを見たような反応をする人はそういないと思う。まあ、生きた時代が違うんだから、これが普通の反応かもしれないけど。私からすれば、学校帰りとかにカフェで友達とパフェやケーキを分け合って食べるのは当たり前のことだった。
一口飲んだきりになっていた飲み物に手を伸ばすが、小林先生の食べっぷりに気を取られているうちに氷が溶けたのか、ミルクティーは若干薄くなっていた。
わかってはいたけど、小林先生はパフェをペロリと完食した。最初から最後まで美味しそうに食べていた。こんなに美味しそうに食べてもらえたのならパフェも本望だろうと考えてしまうくらい。

「今日の仕事は全部終わったのか?」
「大体は。後は書類の整理くらいですかね」
「手伝えることがあれば手伝うよ」

助手じゃないのにどうしてだろうと考えていたら、小林先生は私の疑問に気付いたらしく答えてくれた。

「パフェの分は働くさ」

よほど気に入ってくれたらしい。ご馳走した甲斐があった。

「また食べに来ましょうね」
「いいのか?」
「もちろんです」

その足取りは軽く、カフェに入る前と比べれば随分堂々と歩いていて、パフェの効果ってすごいなぁと思ったら笑ってしまった。今度美味しいパフェが食べられるお店を探しておこう。

171119

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