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 トイレでおろした下着が鮮血に染まっていた時の衝撃を、今でも覚えている。
 最初にガツンと衝撃があって、直後にめまいがあって、呆然として、私は死ぬんじゃないかと思った。
 怪我か病気か、と考えている間も滴り落ちる、その赤黒いどろどろ。
 どうすればいい? 保健室に行けばいいの? この恐ろしい下着はどう始末をつければいい、赤い斑点ができてしまったショートパンツはどうすれば。
 心臓の音がうるさくて、胸が苦しかった。
 血が。こんなにも。
 よたよたと歩きたどり着いた先で、保健医の先生は優しく笑った。
 おめでとう。紺野さんの体は大人の体になったのよ。将来子供を産むための準備が、今始まったのね。
 多分、その時の衝撃は、真っ赤な下着を目の当たりにしたつい先刻のものよりも大きかった。衝撃というか、ほとんど爆発のようなものだった。頭の中で、何かが弾けた。
 そうか。生理がきた女は、子供を産めるんだ。
 子供を。
 母が、私と妹を産んだように。
 私は、子供を産めるんだ。
 それは当時十一歳だった私に起こったビッグバンで、私の脳味噌はそのとき無重力空間に飛び出した。私の子宮の中には宇宙が生まれて、そのとき初めて自分に自我が芽生えたような気さえした。
 そのままでは窒息死しそうだった私は、初めての月経が終わってすぐに家の近くの繁華街に出かけた。夜の風が肌寒くて風邪をひきそうだったけれど、私はできるかぎりの薄着で家を出て、そうして、目が合った中で一番鬱憤の溜まっていそうな、一等欲望を溜め込んでいそうなスーツ姿の男に声をかけた。銀縁眼鏡。
 本当にいいんだねって何度も聞いてきたその男に、聞かれるたびに何度も頷いて、ようやく股を貫いてもらって、激痛で号泣した。号泣しているのに男はやめてくれなくて、いつまでも腰を振っていた。きっと子供を産むほうがずっと痛いと思って、我慢した。
 我慢したのに、いつまで経っても子供はできなかった。
 私は子供が欲しかった。どうしても欲しかった。なのにできなかった。何が足りないのか、考えた。
 回数だ。回数が、足りない。
 二人目。脂ぎったおじさん。相変わらずの激痛に私が号泣すると、おじさんは焦ったように何度も謝ってきた。最後までするにはしたけれど、一人目よりも早く終わった。
 三人目。中学生。中学生のくせにピアスをあけていて、見るからに素行が悪そうな男だったけれど、今までよりは痛くなかった。私の体が慣れてきたのかもしれないと思った。
 四人目。ゲームセンターで知り合ったオタクっぽい人。よくわからないうちに始まってよくわからないうちに終わった。どうやら相手は満足していたようだった。
 五人目。高校生。そこでようやくコンドームというものの存在を知った。まだ子供はできないのか、と苛立っていた私に避妊という概念を教えたその男は、子供を産みたいと言った私をひどく軽蔑したようでたくさん暴言を吐いたけれど、多分今までで一番上手だった。初めて快楽というものを知って、私は重力を思い出した。
 重くなった体に反して、頭はなんだか軽く、冴えていた。なるほど、と思った。
 父は母を捨てたし、母は父に捨てられたけれど、私と妹は二人の愛の結晶だと思っていた。でもそうじゃなかった。
 必要なのは子供ではなかった。快楽だったのだ。
 そうして、私が生まれた。
 そう思い至って、私はなんだか、獣のように興奮した。
 中学に上がるまでに七人ほどの相手をして、高校に上がるまでに関係を持った相手の数はもう数えきれないほどになっていた。
 同年代も、年上のお兄さんも、もっと年上のおじさんも。男の人のしっかりとした体の中に、そして時には、女の人の柔らかな体の中に、甘い体温の中に。
 私は探していた。
 もはや子供ができるかどうかはどうでもよかった。
 穴が埋まっているわずかな時間だけ、私は息ができた。
 病気だと言われて、納得した。
 死ぬまでやめられそうになかった。






- チョコレートの快楽 -