03
まだ梅雨にも入っていない時期、高校には二ヵ月と少ししか通っていないのに、既に登校しなくなっている自分がいる。
罪悪感がないわけではない。けれど、それ以上に。
私服で朝からホテル通りを散歩する。さすがに人通りは少なかったが、宿泊していた客がちらほらと出てきているのがわかる。大抵は男と女の組み合わせだったけれど、観察しているとそれなりに面白かった。
件のおじさんが歩いていたりしないかと少し探しながら歩いたが、当然、ばったりと出会ったりはしなかった。繁華街を越えた向こう側の、オフィス街で働いている人なのかもしれない。
誰も捕まえられそうにない時間帯だし、特にすることもないのでオフィス街まで歩いてみる。
家の近辺よりもずっと道路の幅が広い。建物が高い。街灯がたくさんあって、コンビニもたくさんある。同じ会社のコンビニ同士がこうも近い距離にあると、何と戦っているのだろうと思ってしまう。
道行く人はスーツ姿の人ばかりだ。通勤の時間は過ぎているはずなので、営業マンだろうか。
違う世界の人々のようだった。
私の世界には、私の生活には、こんなふうにきちんとした格好をして、然るべき場所に存在して、やるべき仕事をやるという概念はない。自分がそんなふうになる未来も想像できない。
私の未来は、少し先で断絶している。先が見えないのではなく、先が存在しないような感覚。本当にないのかもしれない。わたしはそのうち、罪悪感に耐え切れなくなって駅のホームからふらりと落ちる。よっぽど、想像できる未来だった。
お昼時になって、コンビニで買ったパンを公園で食べる。
ホームレスのおじさんが、遊具のトンネルの中で寝そべっているのを見ながら、甘味しか感じない菓子パンを咀嚼した。
ホームレスって、お風呂入ってないんだよなあ。さすがに、抱かれたら病気になるかなあ。公園でまぐわったらいつもよりも興奮するものだろうか。あおかん。
食べ終わったらまた適当に散歩をして、ホテル通りに戻って、暇そうにしている男を捕まえる。ホテルに吸い込まれた私が、男を吸い込む。流れ作業のようだった。
そんなことを一週間ほど繰り返した夜の八時。
その後姿を見つけた。
「おじさん」
少し遠くから呼んだのに、おじさんは振り返った。
ややくたびれたカッターシャツと、適当に提げられたスーツジャケット。くわえ煙草。
「……この間の」
「椎華って言います。おじさん、名前は?」
おじさんは面倒くさそうな顔をした。もしかしたら元々そういう顔なのかもしれないけれど。
「何やってんだ」
おじさんが、煙草を右手の人差し指と中指で挟んで揺らす。
「餓鬼が来るところじゃないだろ」
「餓鬼じゃないよ。高校生」
「餓鬼だろ」
ふん、とおじさんが鼻で笑った。そのまま去ろうとするので、少し慌てて追いかける。
「おじさん」
腕を掴む。薄いカッターシャツ。思ったよりも高い体温。
「なんだよ」
染みついた煙草のにおい。紺のネクタイ。
私は、無意識に微笑んでいた。
「ホテル、行こうよ」
本能が小さく叫んだ、気がした。
- チョコレートの快楽 -