さよなら世界、こんにちは蒼色


足りない足りないとは思っていたんだけど、やっぱり私の頭は何が足りなかったみたいだ。
こんな分かりきったこと、死ぬ直前になってようやくはっきり自覚するなんて、やっぱり私はアホだ。
まあ仕方ない。持って生まれたものだ諦めよう。
とはいえ、もうあと数秒後には私は死んでいるだろうけど。
(…まさか、ここまで大事になってたとはなぁ、さすが私)
暗く狭まっていく視界には、約5年ほど追いかけっこを続けた、私にとっては憎くもなんともない、便宜上今まで敵と呼んでいた彼ら、SISMI…イタリアの諜報機関のエージェントたちの姿があった。

12か13歳そこらのチビだったあの日、私も含め、イタリア旅行に来ていた私の両親は、どこぞのイタリアンマフィアに、理由もなく人質にとられ殺された。

まず念頭に置いておいてほしいのが、私が救いようのないアホだということだ。

当たり前だが私は、そのマフィア…仮にAファミリーとしよう、に、酷い復讐心を抱いた。

私は先ほどにも言ったようにどうしようもないアホだが、勉強に関して、頭の出来と数学の才能だけは父親譲りの、よく言う天才というやつだった。
ただ、勉強に関して天才的でも、一般常識的に、普通に考えればわかることがイマイチ分からないようなアホだった私は、その才能を振りかざしてタチの悪い情報屋兼クラッカーとなり、“私自身が目立って動くことで、全く別口から目をつけられてしまう”可能性に思い当たることなく、Aファミリーへの復讐に没頭した。

つまり私が何を言いたくて、なぜ死にかけているのかといえばだ。

ほかの警察機関や諜報機関に目をつけられる可能性を考えず、Aファミリーに対してクラッキングや、情報をちょいちょいと流して最終的にAファミリーを破滅に追いやり復讐を遂げたことはいいが、遂げた時にはイタリアのSISMIを初めとした各国のそういった機関の人たちから、私が害悪として認識されていた、ということである。

いつの間にか、国際指名手配犯、極悪非道のクラッカー、エルバッチャ(雑草)と罵られ、追われるようになっていたのだ。

いや、仮にも情報屋をしていた人間が身バレして国際指名手配だとか間抜けにも程があるのだが、そこの詰めが甘すぎるというのが私がアホたる所以である。

結局私がクラッキングを仕掛けたり、ちょいちょいっと情報をいじってマフィア同士の抗争を起こさせたりしたのは、復讐の対象であるAファミリーに対してだけだったのだが、世界中のお巡りさんたちやそれに類する人たちは、そんな私を見逃しておくわけには行かなかった…という訳で、私は今、一発ドカンと狙撃され、地面に吸い寄せられていっている途中だった。

父さん、あなた譲りの頭のおかげで、いろいろ抜けてはいたけど何とか復讐することは出来たよ。
間抜けな終わりで悪いけど、私もそろそろそっちに行くからね。

…次はもっと、普通で、幸せな人生を歩みたいものだ。




…なんてフラグを立てたのがいけなかったんだろう、きっと。
「あー、あうー」
視界がブラックアウトした次の瞬間には、どうやら私は、全く見知らぬ両親の元に、転生してしまったらしいのだ。
なんだろう、神様の罰でも当たったんだろうか。
次こそ真っ当に人生を終えてみやがれと、そう言っているのだろうか。

エルバッチャは果たして、綺麗なフィオーレ(花)になれるのだろうか。

私は首を左右に動かして周りの状況を探った。
すると右手の方にふんわりと柔らかな肌の手触りがして、ふいとそちらに視線を向ける。



___蒼と目が合った。



私の隣に寝かされていた赤ん坊の、海みたいな、はたまた高い空みたいな綺麗な蒼をした両の瞳が、パチリと開いて私を見つめていた。
その赤ん坊の髪やまつ毛、眉毛の色素は薄いのか、キラキラと金色をしていて、反対に肌の色素は濃いらしく、健康的な褐色の肌をしていた。

赤ん坊のまんまるい瞳の中に、おそらく私であろう、赤ん坊が、しっかりと映り込んでいた。

しばらくしてやってきた両親が呼ぶのを聞いたところ、私の名前は降谷涼と言うらしい。
以前とは全く違う名前だ。そしていつも私の隣に寝かされているあの赤ん坊は、降谷零と言うようだ。どうやら彼は、私の双子の兄さんらしかった。


ちなみに、私は既に、この状況から脱することを諦めていた。
何せ、何の未練もないのだ。元に戻ったところで、することなど何一つないのだ。もしあるとすれば、国際指名手配犯として逮捕されるくらいだろう。

何より私は、隣ですよすよと眠る片割れに、しっかりと情を抱いてしまった。
私の精神はこの片割れとは全くの他人であるはずなのに、身体は間違いなく片割れの半身だった。
片割れが泣き出せば理由もなく私も泣き出したくなるし、私がお腹が空けば片割れもお腹がすいたと泣き出す。
どうしようもなく、私と零は双子だった。

零は眠りながら、小さな手でひしと私のベビー服を握りしめる。
見た目以上に強いその力に、きゅうっと私の胸がときめいてしまった。

死ぬ前は幼い頃に両親をなくして、友人も恋人も、もちろん子供もいなかった私は、この瞬間、決意したのだ。
この、抜けてはいるが無駄に出来のいい頭は、真っ当に生きるため、零を守るために使い切ろうと。
そんな気持ちを込めて、私は零と同じように、零のベビー服を握りしめた。



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