シンドバッド王の目の前には間違いだらけの書類が乱雑に転がっている。その上を聡明なシンドバッド王の視線がするすると滑っていく。
その書類の作成主であるわたしはあまりの恥ずかしさから、服の裾を握りしめて出来るだけ小さくなっていた。
行き場の無かったわたしをシンドリアに受け入れてくれただけではなく、王宮で引き取ってくれたのは他でも無いシンドバッド王だ。そんな彼の役に立ちたいのに、わたしには武の才も文の才も無い。

「君は本当に何も出来ないんだな」

少し驚いた表情をした王は、そうポツリと呟く。不思議なことにその声は言葉の内容とは逆に、どこか嬉しそうに聞こえた。
いや、わたしがそうあって欲しいと思っているから、そう聞こえただけなのかもしれない。

「す、すいません……」
「あぁ、大丈夫さ。気にすることはない」

にこりと優しく微笑んだシンドバッド王は執務机から席を立ち、わたしの側に足を進めると、服を握りしめていたわたしの手のひらをそっと取った。その手はあたたかく、冷たくなったわたしの手に温もりを与えてくれた。
ぽかん、とその様子を眺めていると、明るい王の声がびりびりと鼓膜を揺らす。

「なまえのことは俺が飼ってあげよう。君はただ、俺に可愛がられていればいい。どうかな?」
「えっと、あの、……」
「うん?」
「……は、はい……」

じいっとわたしを見つめる瞳に耐えきれなくて、気がつけば同意してしまっていた。
わたしの返答を聞いたシンドバッド王はうれしそうに笑い「お利口だ」と、小さな子供に話しかけるように言った。
シンドバッド王の大きな手のひらが、わたしの全てを肯定してくれるかの様に優しく頬を滑っていく。恐る恐るその手に頬ずりをしてみれば、シンドバッド王はうっとりとわたしの名前を呼んだ。
低く穏やかな声はわたしの鼓膜を揺らし、脳みそを包み込む。そうしてわたしは、この人に飼われるために生まれてきたのだと心の底から実感したのだ。