パシオって人工島でのバトルが今アツいらしい。
そうキバナさんが話していたのは確か数ヶ月前のこと。ネズさんやマリィちゃん、ユウリちゃんにダンデさんまでもがパシオに行ったというのに、キバナさんは未だパシオに足を踏み入れていなかった。ジムの中でもナックルジムは特に忙しいから、なかなか時間が作れなかったのかもしれない。
そんなキバナさんだが、彼は今わたしの目の前で大きなスーツケースにうきうきと荷物を詰めていた。わたしたちが座るベッドの上には服やパシオの観光雑誌、旅行用の日用品が広がっている。
「大荷物だねぇ」
「何泊もするし、服だけでもかなりの量になるよな」
そう、キバナさんもパシオに行くことが決まったのだ。パシオで色々なトレーナー、それになんと言ってもダンデさんともバトルができるということでキバナさんの瞳は輝いている。
数日間キバナさんに会えないのはさみしいけれど、キバナさんがうれしそうだからこの気持ちは心の中にしまっておくことにする。お土産いっぱい買ってきてもらっちゃお。
「あれ、その服どうしたの?」
ふとスーツケースの中にある見慣れない服が目について、わたしは首を傾げた。デザインはいつものキバナさんが着ているパーカーやユニフォームなのだが、色が違う。黒いヘアーバンドに、シルバーのパーカーはなんだかシックな雰囲気でかっこいい。
「あぁ、コレ? パシオ行きをリーグに申請したら貰えたんだよ。ダンデやネズも貰ったらしいぜ」
「へぇ〜、いつもの服の色違いなんだね」
「こっちのオレさまもカッコイイだろ?」
ニッと笑ったキバナさんは綺麗に畳まれていたパーカーをスーツケースから取り出すと、それを羽織って見せてくれた。いつものパーカーももちろんかっこいいけれど、雰囲気の違うこっちのパーカーもすごくかっこいい。
うんうん、と何度も頷いて新しい装いのキバナさんを見つめているとキバナさんは更にスーツケースの中をゴソゴソと探り始める。
「そんなかっこいいキバナさまの隣を歩くかわいい恋人にも、新しい服を用意してあるんだぜ」
「えっ?」
「じゃーん」
キバナさんがスーツケースから出したのは、キバナさんの服と同じくモノトーンでまとめられた綺麗なワンピースだった。
「……それ、わたしの……?」
「オレさまのかわいい恋人はなまえだけだろ?」
「で、でも、わたしパシオには行かないよ……?」
「え?」
「え?」
二人で顔を見合わせて、数秒間沈黙が流れた。いつのまにわたしもパシオに行くことになっていたのだろう。もちろん、行けるなら行きたいけれど。
「……もしかして、パシオ行きの話したの覚えてねぇ?」
「何週間か前に行けることになったってベッドの中で話した……よね?」
「あぁ。その時『一緒に行こう』って言ったら『うん』って言っただろ?」
サーっと全身から血の気が引いていくのを感じる。わたし、なんでそんな大事な話を覚えてないのだろう。自分で自分を殴りたい。たしかにここ数日キバナさんと時々話が噛み合わないとは思っていた。
顔面蒼白なわたしを見つめるキバナさんは、口許を手で押さえて「あー……」と小さな声を出す。どうしよう、失望させちゃったかもしれない。
「キバナさん、あの、ごめんなさ……」
「いや、ゴメン。あの時オレさまの話すタイミングが悪かった」
意外なことにキバナさんは少し笑いながら話していた。何が何だかわからないわたしがおろおろとしていると、キバナさんは大きな手のひらでわたしの頬を撫でながら再び口を開いた。
「いっぱいイかせてなまえがふにゃふにゃになってる時に話しちゃったからさ。わけわかんないまま返事してたんだろうなって」
「へっ? え、あ……」
パシオ行きの話をしていた、ベッドの中のことを思い出して顔に熱が集まる。たしかにあの時わたしはキバナさんによってふにゃふにゃのへろへろにされていた。
「もし都合が付きそうなら……一緒にパシオ来てくれる? 元々、オマエの長期休暇に合わせて日程組んだんだ」
「行きます!!」
思わずその場に立ち上がって勢いよく答えれば、キバナさんがふにゃりと微笑んだ。キバナさんがなかなかパシオに行かなかったのはキバナさんの仕事の都合ではなく、わたしに合わせてくれていたからだったのだ。
長期休暇の間の予定が無かったわけではないが、どれもずらせる予定ばかりだ。パシオに行くのを断る理由などどこにもなかった。
「フフッ、ありがと」
優しく手を引かれ、膝の上へと導かれたわたしはいつもと違う色のパーカーを着た腕に抱き締められる。優しく、甘い声で「一緒にパシオ楽しもうな」と囁かれ、わたしは真新しいパーカーに顔を埋めてキバナさんを抱き締め返したのだった。