わたしの彼氏、マヨくんはモラルが無い。ハッカーという仕事柄のせいなのか元々の性格の問題なのか、とにかくマヨくんはしょっちゅうわたしの人権を無視した言動をしてくるのだ。
スマホの中身を隅から隅まで勝手に見られているのは日常茶飯事、監視カメラへのハッキングやドローンを使っての隠し撮り行為もある。これで本人はモラルある人間のつもりなのだからすごい。
しかし、どれだけめちゃくちゃな事をされてもマヨくんのあのかわいい顔で見つめられれば、わたしは毎回すぐに許してしまう。
もしかしたらそれが余計に、マヨくんのモラル皆無な言動を助長させてしまっているのかもしれない。そう思ったわたしは、今日こそはマヨくんに負けないぞ、とぐっと決心した。
幸い今はみんな出払っていてこの公安の事務所にいるのはマヨくんとわたしだけだ。

「マヨくん!」
「な〜に〜、なまえ〜」

ソファにごろんと横になりながらスマホでゲームをプレイするマヨくんの顔を覗き込む。するとマヨくんはスマホから目を離して、にこっと笑顔でわたしを見上げた。

「もしかして膝枕でもしてくれるの? それならここ座って座って!」
「えっと、そういうわけじゃないんだけど……まぁ……いっか……」

キラキラと目を輝かせるマヨくんに抗えず、わたしは公安の固くも柔らかくもないソファに腰を下ろした。すぐさまマヨくんの頭が太ももの上にのしりと乗っかり、ご機嫌なマヨくんは「やわらか〜」なんて言いながらほっぺたをわたしの太ももに擦り付けている。

「マヨくん、膝枕はいいんだけど、昨日またわたしのスマホの中勝手に見たでしょ」
「うん、見たよ」

悪びれる様子もなくけろりと言ってのけるマヨくんの態度に、一瞬それが普通の事のように錯覚を起こしてしまう。いやいや、全然普通じゃない。

「勝手にスマホの中を見るのはプライバシーの侵害です」
「えっ……なまえ、まさか怒ってるの?」

眉毛をハの字に下げてわたしを見上げるマヨくんのかわいい顔に心がグラグラと揺れる。
目大きい。しょんぼりしてる顔かわいい。まつ毛長い。かわいい。

「お、おこ……おこって……る!」

怒ってないよ、とマヨくんの頭を撫でまわしそうになるのを必死に堪え、わたしはマヨくんから視線を逸らした。これ以上マヨくんを見ていてはダメだ、負けてしまう。
視線をうろうろ泳がせて壁にかかった時計の秒針を無意味に眺めていると、マヨくんは突然わたしの膝の上から起き上がった。そしてずい、と綺麗な顔をわたしに寄せ、矢継ぎ早に話しながら詰め寄るようにぐいぐいと体を寄せてくる。

「なんでそんな怒るの? オレ好きな子にはめちゃくちゃ迷惑かけたいし、好きな子の事は何でも知りたいし、好きな子の頭の中はオレでいっぱいになって欲しいんだよね。だから大好きななまえのスマホは毎日見るし遠隔操作もするよ。だってなまえの事は何でも知りたいんだもん。それっていけない事? だーいすきだからしてるのに? 言わばオレの愛情表現ってヤツなんだけど」
「えっ、あ、えっと……」
「ね、好きだよ」

ものすごく近い距離でマヨくんに見つめられて、顔がかあっと熱くなる。マヨくんはわたしとしっかり目を合わせたまま何度も「好き」と繰り返した。こんな、こんなに恥ずかしいことをわたしにはするのに、何故初対面の人にはあんな風なのか。
わたしはまるで人見知り中のマヨくんみたくしどろもどろになって、なんとか言葉を捻り出した。

「ひ……ひぇ……わかっ、わかりました! もういい、もう怒ってないです!」
「ほんと? これからももうこの事で怒んない?」

何度もこくこくと頷いて返事をすると、マヨくんはパアッと顔を輝かせて「だよね!」とわたしに抱きついたのだった。もしかしてこれまたマヨくんに負けてるのでは? とマヨくんにぎゅうぎゅう抱きしめられながら思ったのだけれど、あまり深く考えないことにする。

「そんじゃ、オレにごめんなさいは?」
「へ? なんで?」
「だってオレ怒られて傷付いたんだもん。だからなまえ、ごめんなさいしてよ」

当たり前のようにそう言ったマヨくんは、ソファから立ち上がってわたしを見下ろした。マヨくんの表情はとても楽しそうで、ゲームに夢中になってる時だとか、推し配信者のパソコンにハッキングしてる時のような少し悪戯っぽい顔をしている。
正直何故わたしが謝らないといけないのかイマイチ納得はしていないのだけれど、また駄々をこねられるのが目に見えているので大人しく従う事にした。

「……ごめんなさい……?」
「えっ……かわいい……。オレの事見上げて困ったように言う『ごめんなさい』すごいかわいいんだけど……オレの彼女推せる……。ちょっと後でもう一回いまのやって」

マヨくんはぎゅむ、とわたしのことを抱き締めながら少し早口にそう言った。かわいいだとか推せるだとか言われて簡単にうれしくなってしまったわたしは、マヨくんの腕の中で「いいよ」と笑ったのだった。

だってまさかマヨくんの言う『後で』がベッドの中、更にはカメラの前で、なんて思わないじゃないですか。やっぱりマヨくんはモラルがない!