「うーん……こっちが……こう? いや、ちがうかな……」
目の前に浮かぶスマホロトムの画面を見つめながら、わたしは眉間にシワを寄せて自分の髪と格闘していた。苦戦するわたしとは違い、画面の中の女性は器用に髪の毛をくるくるとまとめていく。いったいどこをどうしたらそんな風になるのか全くわからない。
『デートにオススメ! 簡単ヘアアレンジ』と銘打たれたその動画を何度も再生しては戻し、一時停止して自分の髪に触れる。さっきから何度見て、何度挑戦しても動画のようにうまく髪がまとまらない。腕も疲れてきてしまったし、もうやめてしまおうかな……と一人でがっくりとうなだれていると、ふいに背後から声をかけられた。
「なまえ、なーにしてんの?」
「あっ、キバナさん。ヘアアレンジの練習してたんだけど、難しくて……ごめんね、鏡使う?」
ずいぶん長い時間洗面台を占領してしまっていた気がする。慌ててその場から退こうとすると、キバナさんはじっとスマホロトムの画面とわたしの頭を見比べた。
「これ、やろうとしてたのか?」
「あ、うん、そうなの。今度のデートの時にしたいなって……うまくいかなかったけど」
「ふぅん……つまり、オレさまとのデートのために練習してくれてたってこと?」
ニマニマとうれしそうに笑ったキバナさんは、大きな手でわたしの降りたままの髪をさらりと撫でた。こくりとわたしが頷けば、キバナさんはわたしの顔を覗き込んで「じゃあさ」と話を続ける。
「それ、オレさまがやってみてもいーい?」
「……キバナさんがやってくれるの?」
「あぁ、オレさまこんな手してるけど意外と器用なんだぜ」
それはもちろん知っている。大きな手で器用に何でもこなす姿を何度も見てきたし、わたしはその度に何度もときめきまくっているのだから。
「それじゃあ、お願いします」
「フフッ、キバナさまに任せなよ」
パチリとウインクしたキバナさんは、わたしの体をくるりと鏡の方へ向けて後ろから頭を優しく撫でた。わたしが見ていた動画を最初から再生し、真剣な眼差しでそれを見つめる。わたしはというと、鏡に映るかっこいいキバナさんの顔ばかりを見てしまっていた。うーん、今日もかっこいい。
「んー……ここ、一回解くな」
「あっ、はい! お願いします!」
ふいにキバナさんに話しかけられて、わたしはびくっと体を跳ねさせる。キバナさんの顔に見惚れてたことバレてませんように。
大きなキバナさんの手がわたしの髪をすくって、小さなゴムやピンでまとめていく様はなんだか見ていて不思議だった。
「人の髪触るのってなんか楽しいよな」
「ふふ、みつあみとか楽しいよね」
「そうそう。こないだダンデの髪もさ……」
などと雑談をしていると、みるみるうちに髪がきれいにアップスタイルにセットされていく。あっという間に動画と同じ髪型をわたしの頭に作り上げたキバナさんは「よし」と満足げに笑ってみせた。
「わ、すごい!」
「うん、かわいい。スッゲェ似合ってるぜ。……あー……でもこれで出かけるのはやめた方がいいかもしれねぇな」
「え? なんで?」
思いもよらないキバナさんの言葉を不思議に思い、鏡越しにその顔を見る。キバナさんは視線を合わせたまま、長い指でわたしのうなじをそっと撫でた。その動きがくすぐったくて、なんだかぞくぞくする。
「ここ、いっぱい跡ついてる」
ニッと笑うキバナさんの表情に、かあっと顔が熱くなった。思わず両手で首の後ろを隠して、わたしはキバナさんの方へと振り向く。
首を隠したところですでにキバナさんには見られているし、そもそもこの跡をつけた張本人はキバナさんである。何の意味もないわたしの手をそっと取って、キバナさんはわたしの腰をぐいっと抱き寄せた。
「しばらく首にはキスマークつけないようにしとく」
「……噛むのもダメだよ」
「もちろん。なんなら、オレさまはちゃーんと言いつけが守れるイイコってこと、今から試してみる?」
顔を寄せて悪戯っぽくそう言われ、わたしが口を開くと同時に唇を重ねられた。わたしの返答は言葉になる前にキバナさんに飲み込まれ、代わりに甘ったるい吐息を吐き出す。
本当にイイコはわたしの返事を聞く前に勝手に唇を奪ったりしないということを、わたしのお尻を鷲掴みにしているキバナさんに教えてあげたい。