「本日はティータイムにぴったりなカップケーキの作り方をお送り致します」

テレビの中でエプロンをつけた綺麗な女性がマホミルと一緒に微笑みながら、お皿に乗せたカップケーキをこちらに差し出している。チョコレートチップがたっぷり入ったカップケーキはものすごくおいしそうで、わたしは無意識に「食べたいなぁ」なんて呟いてしまっていた。
そんなわたしの独り言を聞いたネズさんは、読んでいた手元の本から顔を上げて「じゃあ作りましょうか」とテレビ画面を見つめる。思いもよらない発言に驚くわたしをよそに、ネズさんはさっさとソファから立ち上がってエプロンを手に取った。胸元にペロッパフの小さな刺繍が入ったシンプルなエプロンは、ネズさんによく似合っている。
お兄ちゃんだからだろうか、ネズさんは保護者っぽいというかなんというか、こうして面倒見のいい優しいところがたくさんある。そしてわたしはネズさんのそんな所が大好きだ。
そんなこんなで、ネズさんとわたしは二人でカップケーキ作りを始めたのだった。

「なまえ、そろそろオーブンあっためといてください」
「はーい」

ネズさんの指示を受けてオーブンのボタンを操作していると、すぐ隣から上機嫌な鼻歌が聞こえてきた。それは鼻歌だというのにものすごく上手で、思わず聞き入ってしまいたくなる程だった。うーん、さすがミュージシャン。

「……そういえば、わたしネズさんと付き合うまでミュージシャンってみんなファンに手出しまくってるんだと思ってた」
「は?」

わたしの言葉にネズさんは少し大きな声を出して、ぐるぐると生地を掻き混ぜていた手をぴたりと止めた。「へえ、そう」と流される他愛のない話のつもりだったのだけど、どうやらそれは違ったらしい。
わたしがカップケーキの型を用意しながら慌てて話を続けると、ネズさんの手が不服そうに再びゆっくりと動き始める。

「えっと、ほら、よく聞くじゃない? ミュージシャンがファンに手出して、とっかえひっかえ何股もして炎上だとか。だから、その……みんなそうなのかなって」
「まぁ、そういうヤツも確かに居るけどね。……オイ、ちょっと待て。それはつまり、なまえはおれの事もそういう風に思ってたってことですか?」

眉間に皺を寄せて不機嫌そうにこちらを見るネズさんの声は低く、鼓膜がびりびり震える。エプロン姿に不釣り合いなその表情はまさしくあくタイプといった感じだ。
まずい、これは完全に言わなくてもいい事を言ってしまった。誤魔化すように笑ってみても、ネズさんの表情は変わらない。

「えへへ……それはあの、はい……」
「はぁ……どうりで……」
「どうりで?」
「なまえを口説き落とすのにずいぶん苦労したことを思い出しただけです。いくら口説いても効果がなかった理由が今わかりました」

まさかファンを食ってると思われてたとはね、とボヤきながら、ネズさんはチョコレートチップを一粒口に放り込んだ。そして残りのチョコレートをザラザラと生地に入れ、それをくるくると混ぜあわせる。そんな姿を眺めながら、わたしは腕まくりされたネズさんの服の袖口を掴んだ。

「ネズさん、どうしてそんなにがんばって口説いてくれたの?」
「……それ、聞きます?」
「途中で嫌にならなかったのかなって」

はぁーっと大きく息を吐いたネズさんは、ホイッパーから手を離して袖口を掴んでいたわたしの手を握った。少しひやりとしたその手は、わたしの手をネズさんの口元へと運んでいく。ちゅっとかわいい音を立ててキスを落としたネズさんは、ニヤっと笑ってわたしを見つめた。その仕草も、表情も全部がかっこよくて頭がくらくらする。

「嫌になる訳ねえでしょう。おれはなまえが思ってるよりずっと、なまえの事が好きなんですよ」

かあーっと顔が熱くなって、ネズさんに握られている手にじわりと汗がにじむ。うまく言葉が発せなくて、口からは「あの」だとか「えっと」だとか意味のない単語しか出てこない。しどろもどろになるわたしを見てフッと笑ったネズさんは「そっちこそ」と今度はわたしの顔に唇を寄せた。

「どうしてファンを食ってるかもしれねえ男と付き合うことにしたんです?」
「だ、だって……」
「だって?」

至近距離でネズさんに見つめられ、心臓がばくばくとうるさく鳴る。いっぱいいっぱいのわたしと違って、ネズさんはこの状況を楽しんでいるようだった。わたしの手を掴んでいた手は、いつの間にか腰に回されていて下半身がぴたりと密着してしまっている。やっとの思いで声を絞り出すと、その声は恥ずかしさのあまり小さく震えてしまっていた。

「遊ばれててもいいから側に居たいって思うくらい、ネズさんのこと好きになっちゃったんだもん」

恥ずかしすぎて顔を両手で覆ってしまいたいのに、ネズさんの体がそれを許してくれない。羞恥心でどうにかなってしまうかと思ったその時、ネズさんがわたしの腰を更に強く抱き寄せた。ネズさんの唇が今にもわたしの唇に触れてしまいそうだ。

「なまえ、そんな殺し文句どこで覚えてきたんですか」
「へ、ころ……?」
「本当におれを煽るのが上手いよね」

にやりと笑ったネズさんの唇がわたしのものと重なって、口を開けと唇を舐められる。わたしがそっと口を開いたその瞬間『ピーッピーッ』と大きな電子音が鳴り響いた。
その音に驚いて二人して音の発生源に顔を向けると、どうやらオーブンの予熱が終わったらしい。甘い空気に溺れて、カップケーキ作りのことが頭から抜け落ちてしまっていたのはわたしだけではなかったようで、ネズさんは作りかけの生地を見て大きなため息を吐いた。

「まったく、ノイジーなオーブンです。仕方ねえ、さっさとアレをオーブンに入れますか」
「……うん」
「そんな物欲しそうな顔しなくても、もう後は生地を型に流し込むだけなんですぐですよ」

テキパキと手を動かしながら、ネズさんはからかうように笑う。思わず「物欲しそうな顔なんてしてない」と反論すれば、ネズさんはまたくすくすと笑った。

「そう? おれはてっきり、なまえはあのままおれに可愛がられたかったのかと。違ったのならもう一品何か作ります?」
「……ネズさんの、いじわる」

オーブンの中にカップケーキを入れる様を見つめながらそう言うと、ネズさんはエプロンもそのままに再びわたしの体を抱き寄せた。ネズさんがにやりと笑って、わたしの顔を覗き込む。

「意地悪なおれは嫌いですかね」
「嫌いじゃ、ない」
「それはよかった」

スッと目を細めたネズさんは、優しくわたしの頬に手を添えてキスをした。さっきの続き、と言わんばかりにすぐに口の中に入り込む舌は、少しだけチョコレートの味がする。ちゅくちゅくと舌を絡ませながらお尻をゆっくりと揉みしだかれると、足が震えてお腹の奥がきゅうっとした。
カップケーキが食べられるのは、当分後になりそうだ。