コンコン、と隠神さんの部屋の扉をノックすると「はーい」と聞き慣れた優しい声が返ってきた。そーっと扉を開いて中を見てみれば、隠神さんはデスクでパソコンとにらめっこをして何か考え事をしているようだった。次に受ける依頼でも選んでるのかな。
「隠神さん、今いいですか?」
「ん……なまえか。何かあった?」
「大したことじゃないのでお邪魔だったらまた今度でもいいんですけど……」
後ろ手で扉を閉めながらもじもじとそう言えば、隠神さんは眉を下げて困ったように笑い、「大丈夫大丈夫」とパソコンを閉じた。
「ちょーっとパソコンの事でわからない事があって格闘してただけだから、後でミハイにでも聞くよ。……そんなとこ立ってないで、こっち座ったらどうだ?」
「あっ、はい!」
こっち、と指で指し示された二人掛け用ソファに急いで座れば、隠神さんはデスクチェアをくるり回してこちらへ体を向き直してくれた。
「んで、用ってのは?」
「実は、その……隠神さんをもふもふさせて欲しいんです!」
「もふもふ?」
「もふもふ!」
首を傾げて困惑する隠神さんに、わたしは手でもふもふのジェスチャーをしながら説明をした。どうにか隠神さんにわたしのこの切なる願いを叶えて欲しくて、つい言葉にも熱がこもる。
「あの、わたし動物がすごく好きなんです。かわいいじゃないですか、ふわふわであったかくって柔らかくって。でも動物たちはわたしの怪物の匂いが感じ取れるのか、近付くとすぐ逃げちゃって……。一度でいいからふわふわの生き物をこう……思う存分もふりたいっていうか……。毛並みに顔を埋めて深呼吸してみたいっていうか」
「なるほどね。でも何で俺に?」
「怪物屋に居る他のみんなはもふもふしてないじゃないですか」
「そいやそうだが……。いや、でもアレよ? いくら見た目が狸でも中身は俺なんだけど、それはいいワケ?」
「? ダメですか?」
今度はわたしが首を傾げると、隠神さんは大きなため息と共に肩をがっくり落とした。これは断られてしまうのだろうか? そうだったらどうしよう。わたしには隠神さんしか居ないのに。
「隠神さんがダメなら、警察の狐さんにお願いしてみようかな……」
わたしがしょげながらそうポツリとこぼすと、隠神さんは勢いよく顔を上げた。そのままスッと椅子から立ってわたしの隣にどかりと腰掛ける。
「それは許しません」
「じゃあ、隠神さんがわたしにもふもふさせてくれますか?」
「……しょうがないな」
隠神さんが困ったようにそう言った次の瞬間、隠神さんが座っていたそこにふかふかの毛並みの小さな狸がちょこんと座っていた。
「っかわいい!!」
ぎゅむっと抱きしめて、そのふかふかの毛並みに顔を埋める。あったかくて柔らかくて、小さな鼓動の音がする。夢にまでみたもふもふの生き物、その抱き心地というのは想像以上に最高だった。
「ふぁ……きもちいい……このままずっと触ってたい……」
「……なまえ、あんまり変なとこ触らないでくれる?」
「変なとこ?」
「あー……いや、いい」
もふもふの毛並みに顔を埋めて、思いっきり深呼吸してみる。腕の中のかわいいかわいい狸は少しくすぐったそうにもぞもぞと動きはするものの、逃げてはいかないのでそのまま存分にもふもふを堪能させてもらうことにした。あぁ、幸せ。生きててよかった。
「ふわふわ……一緒に寝られたらもっと幸せだろうなぁ〜」
「それはダメでしょ」
思い切り腕の中のもふもふを抱きしめて、ソファにごろりと横になる。このまま眠ることができたらそれはもういい気持ちだろう。ちょっとだけ、お昼寝でもだめかな。
「えぇ〜、気持ちよさそうなのに……」
「……なまえ、ちょーっとばかし危機感が足りないんじゃないか?」
「へ?」
ずしり、と突然体に重たいものがのしかかり、わたしの目の前には真剣な表情をした隠神さんの顔があった。あれ、ちょっと、この姿勢は……。
「一緒に寝るって、つまりこういうことになるんだけど?」
「————っ」
まるで隠神さんに押し倒されてるみたいな体勢で、低く掠れた声でそう囁かれる。一瞬にして顔が燃えるように熱くなり、わたしは言葉を失った。
隠神さんの足が、わたしの足の間にある。少しでも隠神さんかわたしが身じろぎすれば、隠神さんの足がわたしの股間に当たってしまう。全神経が隠神さんの一挙一動に集中して、わたしは一ミリたりとも動けなくなってしまった。
「それでも、なまえは一緒に寝たい?」
「……ひ、ひゃわ……」
ガチガチに硬直して訳の分からない言葉を吐き出したわたしを見て、隠神さん突然ぶは、と吹き出した。そしてすぐにわたしの上から退くと、くつくつと笑いながら元々座っていたデスクチェアへと腰掛ける。
急に笑われて何が何だかわからないわたしは、体を起こしてきょとんと隠神さんを見た。
「ふ、くく、すまん。余りにもなまえの反応が可愛かったもんだから」
「かっ、かわ……っ!?」
「まぁ、なんだ。今度何か毛並みの良いぬいぐるみでも買ってやるから、しばらくはそれで我慢しときなさい」
「……はい」
くしゃりとした笑顔を向けられ、わたしは大人しく頷いた。
隠神さんにのしかかられた時の胸のドキドキはいつまで経ってもちっとも引いていかなくて、なんならこの後も隠神さんを見る度にドキドキするようになってしまった。
ぬいぐるみ、狸の形のがいいなぁ……。