「みんな、ご飯だよ。おいで」

マキマさんのよく通る声が聞こえたその瞬間、周りのみんなが大きな鳴き声をあげてマキマさんの元へと走っていく。
わたしは床からむくりと起き上がり、伸びをしてみんなの後をのろのろと追った。みんなはそれぞれ「ワン」だとか「ヘッヘッ」だとか色んな声をあげてマキマさんの後をついて回っている。マキマさんは聖母のような顔で微笑みながら、餌入れの中に順番にドッグフードを注いでいった。
餌入れにはそれぞれティラミスやシュークリームなどと犬たちの名前が入れられている。ぴかぴかの素敵な餌入れだ。

「ほら、みんなまだ食べちゃダメだよ。待て」

マキマさんの指示通り、みんなは餌入れの前にきちんと座って口をつけずに待っている。マキマさんは七頭分のドッグフードを注ぎ終わると、少し間を置いて「よし」と手を叩いた。
みんながうれしそうに餌入れに顔を突っ込む様を眺めながら、わたしはマキマさんの隣に立つ。マキマさんはわたしの頭を撫でると、ひどく優しい声を出した。

「なまえちゃん、お腹空いた?わたしたちも一緒に食べよう。今日はサンドイッチだよ。ほら、あの角にあるパン屋さんの。なまえちゃん好きだったよね。」
「わあ、ありがとうございます」

マキマさんは「今朝買ってきたの」と話しながらサンドイッチを袋から出してお皿に乗せる。それをソファの前のローテーブルに置いた。側には熱々のコーヒーも置かれている。今日は朝遅かったから、軽めの素晴らしいランチだ。

「はい、なまえちゃんの分」

ローテーブルの上のお皿の中のサンドイッチと同じものが、犬用の餌入れの中に入れられる。その餌入れにはわたしの名前が書いてあり、マキマさんの手で床に静かに置かれた。
マキマさんと同じものが食べられるのは、他の犬たちとは違うわたしだけの特権だ。わたしは心をうきうき弾ませながら、マキマさんの側に座った。

「今更だけど、本当にこの餌入れでよかったの?私は別に一緒にテーブルで並んで食べてもいいのに」
「だって、わたしはマキマさんの犬ですから。ご主人様と同じ机で食べるなんて……とても……」
「ふふ、それじゃあベッドも分ける?なまえちゃんにも、犬たちと同じように寝床を作ってあげようか」

いじわるなマキマさんの言葉に思わず眉が下がる。わたしが本当の犬ならば、くーんと情けない声をあげていただろう。
わたしのしょぼくれた様子を見ながらサンドイッチに噛み付いたマキマさんはスゥっと目を細めてゆっくりと話した。

「ベッドは、私と一緒がいいんだ?」
「は、はい。……いいですか?」

湯気のたつコーヒーを、マキマさんがごくりと一口飲む。サンドイッチを片手に持ったマキマさんは、不思議な色の瞳でわたしを見つめて再び口を開いた。

「うん、いいよ。自分以外の生き物と眠るのは好きだし」
「やったぁ」
「サンドイッチ、食べないの?そろそろみんな食べ終わる頃だから欲しがられちゃうよ」
「あ!食べます!いただきます!」

マキマさんの言う通り、そろそろみんなの食事が終わる頃だ。みんなマキマさんの躾が行き届いているから勝手に人のご飯を取ったりはしないが、羨ましそうに見られながら食べるのは落ち着かない。
わたしは大慌てでマキマさんの食べているものと同じサンドイッチを口に頬張った。おいしい。

「なまえちゃんは私の事、好き?」
「はい!大好きです!」
「……いい子だね。私も従順な犬は好きだよ」

好き。マキマさんは、従順な犬が好き。それならわたしはこれからもずっと従順な犬で居なくちゃいけない。ドキドキ鼓動する心臓のせいか、全身がとってもぽかぽかする。
サンドイッチの最後の一口をごくん、と飲み込めば驚くことにマキマさんに唇をべろりと舐められた。いつの間にこんなに近づいていたのだろう。睫毛の長い、綺麗な顔がすぐそこにある。

「あ、あわわ、あわ、マキマさ……」
「サンドイッチのマヨネーズが付いてたよ。そのままじゃあの子たちに散々舐められちゃう」
「ああああありがとうございま……んぶっ」

マキマさんの舌よりも大きな舌がわたしの唇をべろべろと容赦なく舐め回す。食事を終えたみんなが私たちの周りに集まってきたらしい。ぶんぶん揺れる尻尾や、ハァハァとした息遣いがそこら中で感じられる。
犬たちの重みに耐えきれず床に倒れ込むと、更に何匹もの舌がわたしの手や顔をべろべろ舐めていく。かわいい、かわいいんだけど、くすぐったい。

「く、くすぐった、ひゃわ」
「あらら、まだ付いてたのかな。……ふふ、ウチの犬たちはみんな仲良しだね」

犬たちの隙間からチラリと見えたマキマさんは、わたしのことをじいっと見下ろしていた。その瞳の奥で、マキマさんは何を想っているのだろう。犬であるわたしが考えてみても、残念なことに何も思いつかなかった。