現在の時間は午後三時。私の目の前の机にはおいしそうな林檎のタルトと温かい紅茶が置かれている。今すぐにでも食べたい気持ちをぐっと堪えて、これらを一緒に食べる相手を待つ。
もっとも、味覚の無い夢魔を待つ必要があるのかは私にもよくわからないけれど。せっかくだからマーリンと一緒に楽しみたい。
いつもなら呼ばなくても私の部屋にいつの間にか居るのに、今日は約束の時間になっても珍しくマーリンは現れなかった。
マーリンが来たら文句言ってやろうっと。紅茶は先に飲んじゃってもいいかな、と湯気の浮かぶ紅茶をこくりと一口飲むと、ふいに部屋の扉が開いて待ち人は現れた。

「遅くなってごめんよ」

ティーカップをソーサーの上に置いてマーリンを見上げると、マーリンは眉を下げて困ったように笑いながら私の正面の椅子へと腰掛けた。その動作はゆったりとしていてとても優雅だ。

「ここへ向かう途中でモードレッドに捕まってね。可愛い女性をお待たせしているからと途中で無視して置いてきたよ」
「かわいいじょせい」
「ふふ、誰のことだろうね?」

にこりと微笑んだマーリンは不思議な色の瞳で私のことをじいっと見つめた。なんだか恥ずかしくなってまた紅茶を一口ごくりと飲むと、マーリンはいつの間にかその手に綺麗な薔薇の花を一輪持っていた。

「これは遅れたお詫び」

そう言ったマーリンは、私の髪にスッとその薔薇を刺してくれた。さっきの言葉とこの行動で、遅刻のことなど簡単に帳消しになることをマーリンはわかってるのだ。
悔しいけれど、確かに私の頭から文句を言ってやろうだとか、ちょっと意地悪してやろうだとかという考えは完全に消え去っていた。

「遅れた事は許してくれるかな?」
「し、仕方ないなぁ……」
「ありがとう、なまえ。おや、ケーキと紅茶を用意してくれたのかい?これはどういったケーキなのかな?」

マーリンはフォークを手に持つと、林檎のタルトをつんとつついた。色々な事に詳しいマーリンだけど、自分が食べない食べ物についてはあまり詳しくないらしい。かわいい。

「林檎のタルトだよ。林檎が薄く切られて薔薇みたいになってるんだけど……その、この方がマーリンが喜ぶかなって思って……キャットにお願いしたの」
「へぇ、なまえが私の為に?」
「マーリンは味を楽しめないから、見た目だけでも、と思って」

私が話すのをマーリンがニマニマ笑いながら聞いている。今にも「なまえは私の事が大好きなんだね」とでも言い出しそうだったので、私は「もういいから食べよう!」とフォークをタルトに突き刺した。
薔薇の形になった林檎と一緒にさくさくのタルト生地を口の中に放り込む。甘くてさわやかで、とってもおいしい。

「おいしい!」
「うん、おいしいね」

反射的に感想を言えば、正面のマーリンがごくんとタルトを飲み込んで答えた。味覚がないのに何を言ってるのか、と首を傾げればマーリンはくすくすと小さく笑う。

「味覚が無くともキミの表情や声、感情を見たらわかるよ」
「…………もしかして今、私の感情食べた?」
「さぁ?……甘くてさわやかで、とてもおいしいね」

悪びれる様子もなくタルトを再び口に運ぶ夢魔をちらりと見ると、スッと意味深げに目を細められた。べろりと唇を舐める姿に、無性に胸がドキドキする。
今、私食べられてる。