「ごめん、なまえ。オレさまのネクタイすぐに持ってきてくんない?ジュラルドンにひっかけて破っちまった!」
そうキバナさんから電話があったのが五分ほど前。わたしは大慌てでキバナさんのネクタイをクローゼットから引っ掴んで家を出た。フライゴンで飛べばすぐに届けられるはずだ。
今日は偉い人たちと宝物庫についての学会だとか研究発表会だとか、よくわからないけれどそういうものがあるらしい。
きちんとした場だからノーネクタイというわけにもいかないだろう。急がなくちゃ。今日はフライゴンが家にいて本当によかった。
ちなみに、今朝スーツを着たキバナさんを見たときはあまりのかっこよさで直視できず、わたしはずっと床を見て話していた。すぐにバレてめちゃくちゃちゅーされた。死ぬかと思った。
フライゴンで指定された場所へ向かえば、そのかっこよすぎるキバナさんが視界に入りわたしの心臓は早鐘を打つ。わたしに気がついたスーツ姿のキバナさんはこちらに向かって手をぶんぶんと振っている。フライゴンは主人に向かって一声鳴くと、ふわりと地面に降り立った。
「悪い、急がせたよな!でも本当に助かった。ありがとな。フライゴンもサンキュー」
わたしが慌ててフライゴンから降りてネクタイを手渡すと、ふにゃりと笑ったキバナさんが手早くそれを首に締める。その流れるような動作に胸がきゅんとする。やっぱりかっこいい。
「今からオレさまがあいさつするんだけど、よかったらなまえも見てく?」
「……!いいの!?」
「もちろん。かっこいいオレさまの姿よーく見といて」
キバナさんに導かれるまま、会場の一番後ろの端っこの席に座らせてもらう。キバナさんはすぐ出番だから、と息つく暇もなく居なくなってしまった。周りをキョロキョロ見渡せば、どの人もみんな只ならない空気をまとっている。
わたし、ものすごく場違いなんじゃ……。急いで出てきたから思い切り普段着だし、誰かに話しかけられて難しいことを聞かれたらどうしよう。そう頭を抱えていると、ふいに割れんばかりの拍手が聞こえてきた。
慌てて顔を上げると、キバナさんが壇上に上がっていた。か、か、かっこいい……。
「みなさま、本日はお集まりいただきありがとうございます。私はナックルシティでジムリーダーと宝物庫の管理をしている、キバナです。私の日頃の業務は……」
わわわわわわたし。私って、言ってる。いつもオレさまだとかキバナさまだとか言っているキバナさんの一人称『私』が胸に刺さりすぎて話の内容が入ってこない。
スーツを着てこんなに大勢の前で凛と話すキバナさんにときめきすぎて息が苦しい。あんなにかっこいい人とお付き合いしてるの、無理です。
わたしがキバナさんのかっこよさに完全キャパオーバーしているその間に、キバナさんのあいさつは終わってしまったらしい。気がつけばキバナさんは壇上から去っていくところだった。
周りの人達と一緒になって拍手を送り、はあーっと大きく息を吐く。彼氏がかっこよすぎて腰が抜けてしまった。椅子に座ってなかったら床に倒れ込んでいただろう。そんなことを考えながらぼんやり前を眺めていると、壇上にはすでに次の発表者の人が立っていた。
「私のスピーチはいかがでしたか?」
「…………っ!」
突然背後から現れたキバナさんに耳元でそっと囁かれ、大声で叫びかけたのを慌てて両手で押さえ込む。くつくつと笑うキバナさんはわたしの隣に座ると、長い足をスッと組んだ。ぴかぴかの革靴に、わたしの顔が写ってる。
「オレさまに夢中になってるなまえのかわいー顔、あそこからよく見えたぜ」
「ひゃわ……あの……えと……」
うまく言葉が出てこなくてわたしがもごもごと口籠っていると、プロジェクターを使うためかパチリと部屋の電気が落とされる。薄暗くなった部屋の中でキバナさんはわたしの耳元へ顔を寄せ、ひそひそと囁いた。
「帰ったらスーツのまんまえっちしような♡」
「〜〜〜〜〜〜っ」
反射的にキバナさんを見ると、シーッと唇に指を当てて楽しそうに笑っていた。からかわれているのか本気なのか、どちらにしてもわたしの心臓は限界だ。
もちろんこの後の発表は一言たりとも耳に入らず、わたしは隣に座るかっこよすぎる恋人に情緒を狂わされ続けることとなる。