押し慣れた小さな四角いボタンを指で押すと、ピンポーン、と呑気なインターホンの音が響いた。「はぁい〜」なんて更に呑気な声がして、わたしは思わず吹き出しそうになる。すぐに玄関のドアがガチャリと開かれて、少しくたびれた顔の慶二くんが姿を現した。

「ピザのお届けでーす」
「ん? ピザ?」

仕事から帰ってきたばかりだからか、今日の慶二くんは小林先生スタイルだ。きちんとセットされた髪は少しだけ乱れているけれど、清潔感のあるポロシャツにすらりとしたパンツ姿はかっこいい。休日のラフな格好も好きだけど、この小林先生スタイルも実はとっても好きだ。

「ピザ食べたいってこないだ言ってたからテイクアウトしてきたの。あ、ちゃんとケーキもあるよ」
「わーい、うれし〜」

話をしながらPIZZA HOUSEと書かれた袋を慶二くんに手渡す。慶二くんはうれしそうにへらりと笑って「ありがとう」とリビングのドアを開いた。
いかにも男性の一人暮らしの家、という感じの殺風景なリビングに入れば、煙草の匂いと柔軟剤の匂いが混ざった慶二くんの匂いがした。

「適当に座ってて。なまえちゃん何飲む? 今冷蔵庫何があったっけな〜」

さすがにお誕生日の人にやらせるのは……と思いキッチンにくっついていくと、慶二くんはくすくすと笑いながらわたしのことを優しく抱き寄せた。ごつごつした手がわたしの腰を撫で回している。

「座っててって言ってるのになぁ」
「何か手伝おうかなと思って」
「んー、じゃあ俺の事応援してて?」
「ふふっ、なにそれ」

にこーっとかわいい笑顔で訳の分からないことを言うものだから、つい笑ってしまった。わたしの腰から手を離してテキパキと飲み物を用意し始める慶二くんを、わたしは言われた通りに応援する。「がんばれ〜」などと声をかければ「がんばってまーす」なんて返事が返ってくる。
そうして二人分のグラスを持った慶二くんと一緒にリビングへ向かい、わたしたちはソファに並んで座った。

「それじゃ……慶二くん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうございまーす」

二人で乾杯して、一口飲んだ後にグラスを机の上に置いた。普段あまり食事に使ってない机は端っこに学校で使う教材やプリントが山積みになっている。
それを汚さないように気をつけながらピザの箱を開くと、たっぷりのチーズと海鮮が乗ったシーフードピザが現れた。パリパリの薄い生地に少し焦げ目のついたチーズ、真っ赤なエビと白いホタテとイカ。誰がどう見ても最高のシーフードピザだ。

「うわ、うまそう。俺ほんっとピザ食いたかったんだよね。いただきまーす」
「いただいてくださーい」

慶二くんの大きな手がピザを一切れ手に取ると、とろとろにとろけたチーズがびよんと伸びて糸を引く。
それを見ていたらぐうっとお腹が鳴ってしまって、慶二くんと目があった。恥ずかしくて笑って誤魔化そうとしていると、慶二くんはその手に取ったピザをわたしの口へと押し込んだのだった。

「むぐ」
「なまえちゃん、おいしい?」
「お、おいひい、れす」

もぐもぐと口の中のピザを噛んでごくんと飲み込む。うん、とてつもなくおいしい。
にっこりと笑った慶二くんはわたしのかじったピザをばくばくと大きな口で食べ、次のピザを手に取った。そしてそれを、何故だかわたしの口へ再び押し込んだ。困惑しながら慶二くんを見ると、慶二くんはにこにこ楽しそうに笑っている。

「おいしいね?」
「う、うん……?」

笑顔のままの慶二くんは、わたしに一口、また一口とピザを食べさせると、べとべとになった指をべろりと舐めてわたしを見た。

「かわいい顔してる」

楽しそうな慶二くんはもう片方の手でわたしのほっぺたを撫でて、スッと目を細める。そして机に頬杖をついて、いつもと変わらない調子でわたしに話しかけるのだった。

「今日、泊まってく?」

その言葉が意味する事が何なのかはわかりきっている。プレゼントと一緒にお泊まりセットが押し込んである鞄を見ながら、わたしはこくりと頷いた。
泊まっていく気は最初から満々だったし、なんならちょっとえっちな下着を持ってきたことを知ったら慶二くんどう思うかな。
わたしの考えていることを見透かすような瞳の慶二くんは、にんまり笑ったまま煙草に火をつけた。白い煙がゆらりと揺蕩っている。