「最近どうなん? うまくやっとる?」
とある夜にそう電話をかけてきてくれたのは、アメリカにいる薫だった。
「うん、変わりないよー」
薫とは社会人になってから友達になった。神室町で好きなバーがあって、そこで飲んでるときに話しかけられたのだ。
「薫は? まだあの人しつこいの?」
「ああ。アントーニオな。やっと諦めてくれたわ」
「あ、そうなの!? よかったね。 困ってたもんね」
ほんまやわぁ、と電話越しに心底疲れたといった関西弁が聞こえてきて楽しい。
薫と私は歳が一緒で、彼女はハイキャリアで仕事も全然違うけど、食べ物の趣味や人に対して許せないことが一致していて、すぐに仲良くなった。
薫は一見堅物でツンとしてて怖そうに見えるけど、表情はコロコロ変わるし、そそっかしくてドジをすることも多いし、お酒に酔っ払うとすごく甘えたになって、かわいい。
「桐生さんも変わりないみたい。 この前また神室町で見かけたけど、遥ちゃんとハンバーガー食べてたよ」
「……ほうか。 まあ、元気そうなんやったらよかったわ」
桐生さんと薫はちょっとだけ付き合っていたことがあって、私はその時に桐生さんを紹介されていた。
桐生さんは基本的に沖縄にいるけど、元気かどうか、薫は私に定期的に電話をかけて様子を聞くのだった。
私は遥ちゃんとよくメールでやり取りするから、それで桐生さんの様子を聞けるんだけど。
でも私にかけるくらいなら薫が直接桐生さんにかければいいのに。国際電話だってそんなに安くないし。……よくわからないけど。
「ほんで、お兄ちゃんは?」
「ああ、龍司さんも変わりないよ! ちょうどね、昨日食べたの。 たこやき。」
「えー、ええなあ。 アメリカではたこ焼きなんてようけ食えんから……。 たこ焼き器買ったんやけど、材料集めんのに苦労すんねん」
「なるほど、たしかにそうだね」
ふふふ、と笑ってしまったけど、たしかに食が恋しくなるのは外国移住あるあるだな。
「そんなん言うたら伊織の作った親子丼も食べたいわ。 あー、口に出したらもっと食べたなった……。 なあ、親子丼郵送で送ってくれへん?」
どうやって送るのよ、と、今度は大きく声に出して笑う。電話の向こうの薫もつられて笑った。
「あ、違う、そうだ言わなきゃいけないことがあるんだった。 来月アメリカに行くことになったよ」
「ええっ、ほんま!?!? 仕事?」
「うん。出張で。 せっかくだし会いに行っていい?」
「当たり前やん!! もてなすで!!」
「じゃあたこ焼きの材料で持っていけそうなもの買っていくよ」
タコはあるよね?、と聞く私の声を打ち消して、ほんま!? 楽しみやわぁ!!!と薫はテンション上がりっぱなしだ。
薫が楽しそうにしてくれると、私も嬉しい。
「あ、ごめんね、早めに切らなきゃね。 そっち行く日、日程と場所決まったらメール送るから」
少し話し込んでしまった。
「あ……せやね。ごめんね。ありがとう」
「アメリカ行く前にまた桐生さんのこともちゃんと聞いておくからね」
「あー、ありがとう。……ほなまた、電話するわ」
「うん。おやすみなさい」
おやすみ。
薫とのこの電話は私にとって大事な習慣になっていた。
たこ焼きもそうだけど、親子丼か……。調味料持っていけば作れるかな……?
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はぁ、と携帯を切ってベッドの上に投げる。
わざわざ時間を見つけてお金をかけて伊織とこうして話すのは、一馬のことを聞きたいからでも、お兄ちゃんのことを聞きたいからでもなかった。
「伊織。」
この気持ちを、どうしたらいいのか、誰でもいいから教えてほしかった。
I should tell you.
(あいしてる)