「うっ。 また来たのか、あんた!」


「あんたって何やねん、こちとらお客さんやで」

「来るのは別にいいけど何で指名するんだよ……」

「そんなん伊織ちゃんみたいなプロから買いたいからに決まっとるやないか!」



 真島吾朗が最初にこの百貨店に訪れたのは、彼の大好きな「桐生ちゃん」に喧嘩を買ってもらうため、女装をしようと思い立ったからだった。
 ウィッグやら服やらはオーダーメイドで頼むとして。化粧品はドンキで適当に買ってもいいが、どうせやるならとことん拘りたい。
 安物を使い捨てるのではなく、いいものを設える。
 真島吾朗にはそういう流儀があった。



 かくして真島吾朗が大きな百貨店の化粧品売り場に訪れたのが5ヶ月前。

 素肌に黄色いパイソン柄のジャケット。あの出で立ちで百貨店の化粧品売り場に出現したものだから、化粧品売り場は瞬時に凍りついた。


「あの人……通報した方がいいかしら……」

「馬鹿っやめときなさいよ、余計な事しない方がいいわよ!」


 店員は緊張の面持ちで見守っていたが、他のお客さんに関しては一目散に逃げ出した。店員も止めることはできない。
 真島はその様子を気に留めることもなく、悠々とディスプレイを眺め歩いていた。




「いらっしゃいませ。 本日はプレゼントをお選びですか?」

 その時話しかけたのが伊織だった。


「いや、ワシが使う用やねん。 ……姉ちゃん、見繕えるか?」

「……お客様が。」

「おう。 なんや、ワシが使うんじゃあかんのか」


 先程から水を打ったように静かだった売り場が、その言葉にとうとう凍ってしまった。
が、この伊織は、そんなヤワな店員ではなかった。

「……かしこまりました。 お化粧についてはこれから初めておやりになるんですか?」

「せやねん。 あまり詳しくなくてのう」

 でしたら、と伊織が下地クリームから手に取る。

「まずは下地からしっかり選びませんと。」


 この客は太客になる。
 心の中で伊織はニヤリと笑った。
 どこからどう見ても頭のおかしいヤクザだけど、身につけているものは一つ一つが厳選されている。
 こういう輩はお金も間違いなく持っているし……自分で使うというところだけ意味がわからないが、見た目からしておかしいんだからさほど気にならない。この人で今月のノルマクリアしてやろう。


「なんや、いきなしファンデーションじゃあかんのかいな」

「そうなんですよ。 下地を塗ることによってファンデーションののりが格段に良くなりますし、お化粧が崩れにくくなるんです」

「ほー。 ほなそこからやらんとな」

「はい。 ……お客様は、深い色を顔に合わせると落ち着いた色味で色気が出やすい傾向にあると思います。 お顔のパーツははっきりしてますし、かわいい系なら蛍光ピンクや黄色、キレイ系ならボルドーやモスグリーンが似合うかと」

「……そないなこと、もう分かるんか」

「普段の色使いや顔の色味、骨格で大まかなことはわかりますから。」

「はーっ、姉ちゃんすごいのう。 ……ほんなら、かわいい系でいっちょ揃えたってくれや!!」

「かしこまりました」


 伊織はニコッと笑顔を貼り付け、心の中で「かわいい系なのかよ!!!」「よっしゃい売上ありがとう!!!!」と叫んだのだった。





 真島さん……いや、ゴロ美さんを神室町でたまたまみたのが運の尽きだった。

 ゴロ美さんは例の「桐生ちゃん」との喧嘩を終えたあとらしく、メイクはヨれ、服は汚れていたが、心底楽しそうに歩いていた。


「真島さん!?」

「……おー!!!伊織ちゃんやないか!! イヤやわぁ、ウチは真島さんじゃなくてゴロ美よ?」

「……」

「おい、黙るなや」

「あはは、す、すみません。 それにしても……。やっぱりゴロ美さんには蛍光カラーが似合いますね……」

 真島さんは目鼻立ちがはっきりしていてシャープだから顔に強い色があっても負けずに逆に武器にできる。
 私はグレー味を帯びたくすんだ色しか似合わないからすごく羨ましい。
 強い女性、っていう感じがして、素敵。


「伊織ちゃん」

 ハ、と気づくと、真島さんが何やら口を押さえて気恥ずかしそうにしていた。
 何だ。

「も、もしかして私口に出てました?」

「……照れるわぁ」

「あ、ありゃー……。 でも、まあ、本音ですからね」

「……伊織ちゃんって、彼氏とかおるん?」

「……え?」


いきなり何の話だ。


「いや、ウチの知り合いに紹介したいなと思ってん……」

ああ、えーと、

「すみません、私……女性が好きなんで……えーと、ご期待には添えませんが、まあ、答えとしては恋人はいないです……」


 ゴロ美さんは女の子だから言っても……いいだろう。真島さんもプロ意識高そうだし……。
 私が化粧品コーナーで働いているのは、女性が輝く姿を見るのが好きだから。そして、男性と関わる回数が少ないからだった。
 世には色んな人がいて、特に一部の異性は私に何故か合わなかった。苦手意識がある。


「……そうなんや」

「はい。 ……内緒ですよ?」

「……なんや、せやったらウチなら可能性あるんか」

「……え???」






 そこから真島さん……じゃなくてゴロ美さんは私によく会いに来るようになったのだった。そして冒頭に戻る。

 流石にお客様に「あんた」とタメ口は良くなかったな……。同僚がソワソワと心配そうにこちらを見ている。そうね。親しき仲にもなんちゃらかんちゃらね。あまりにも通い詰めるから、油断してしまった。


「真島さん、前回買ったアイシャドウどうでした?」

「あ? ……ああ、アレやっぱええなぁ! 角度によってなんや、キラキラの色があない変わるんやなあ! かわええわ……」

「桐生さんに喜んでいただけましたか?」

「それが聞いてや! 桐生ちゃん気づいてくれへんかってん……! ヒドいと思わん??」

「ええ……? それはヒドいですね……。節穴かな?」

「せやろ?? さっすが伊織ちゃんはわかっとるのぉ!」


「……で、今日は何しに?」

「……」

 真島さんはしばし黙った後、

「いや……その、伊織ちゃんになんか奢ったろかなと思て……」

「真島さん」

「……何やねん」

「まず、真島さんは、誰が好きなんですか? ゴロ美さんは桐生さんが好きなんじゃないんですか? 私もしかしてゴロ美さんじゃなくて真島さんにお食事に誘われてますか?」

 言いましたよね? 私男の人興味ないんです。と、威圧をかけていく。

「……」

「真島さん」

「何や、何やねん!! あーもう!! 伊織ちゃんのいけず!!!!」


 そういって真島さん?は化粧品売り場から逃げ出していった。


 ……何だあの人。