twitterにてタイトル・相手をご指定いただくリクエストを募りました。2019/09/16にアオさまへ贈りましたSSです。
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 少しずつ夜が冷えてきた花の金曜日に何処にもよらずに帰ったのは、急に連絡が取れなくなるあの人が帰ってくる気がしたから、なんかじゃ、ない。赤ワインもおつまみも、思ってるより買いすぎただけ。

 そもそも龍司さんと自分との縁は、よくわからないまま無理矢理に繋がっているものだと思う。
 前回会ったのが実は最期で、もう一生、あのはらりと落ちる金色の透きとおった鬣にも、その肉体に納まっているのが不思議なほどあつい熱とその肌にも、触れることは無いのだと。そう言われても、微塵も傷ついた振りをせず生きていたいと思っている。それが郷田龍司という、本来隣に誰かを置かずに走り抜ける生き物の横に、刹那の一瞬でいいから、いられるコツ。

「かえったで」

 シャワーを終えて生ハムとワインを口に入れていると、件の人がやってきた。

「あら。おかえりなさい」

 龍司さんは、この家に来ると何故か決まって
"かえった"と言う。

「……ええにおいやな」
「ん。アヒージョ作ったの」

 そら準備ええな、と龍司さん。

「龍司さんの分があるとは言ってないけど」
「なんやないんかい。そらそやな。今度から帰るときはちゃんと言うたるわ」

 今度っていつなの。龍司さんの分、ないとも言ってないよ。


 ぱたぱたと動くと、龍司さんの居場所はあっという間に復活した。おかしいな。これじゃ、いつも待ってるみたいじゃないか。
 グラスをそろえて、テーブルに着席したときに久しぶりに真正面に龍司さんを捉えた。……また、変な傷を増やしている。

「そないに見たら穴が開くで」
「……開かないでしょ。変なこと言わないの」

 突然、アヒージョをつつくために持ったフォークを、腕ごと掴まれた。ツツ、とその先は、龍司さんの口元の傷へ向かう。

「この傷なあ」
「……」
「行く先々でなんであない恐ろしい傷こさえてんのやろって、それこそワシがジロジロ見られる理由の一つや」
「……」
「噂ばっかり独り立ちしよる。わろてまうわ」

 龍司さんは、その傷のこと、聞かれたらなんて答えてるんだろう。

「こないな男前に傷つけた責任、そろそろ取ってくれへんかのう」

 右手のフォークを奪われて、更に引っ張られて。指先が、龍司さんの口の傷に、直に触れた。
 あの時の後悔が。龍司さんの口から流れる鮮血が、私の記憶の底でギラギラと輝いてる。――龍司さんにとって、人に傷をつけるということは容易いことなのかもしれない。そんな、甘えが私の中にあった。龍司さんに選ばれるのが、怖かったから。

「イタッ……」

 そのまま私の指を咥えた龍司さんが、器用に一つ選んで、思いきり噛み付いた。血は、出て、いないけど。

「まーた難しいこと考えよって」
「難しいことなんて考えてないよ……ただ、」
「あーあー、もうええ。ワシが悪いんやな。そんな気はしとったわ」
「……はい?」

 掴まれていた手首が、そっと私に返された。薬指には、くっきりと龍司さんの歯型がついている。

「幸せになる覚悟、そろそろ決めろや」


――だからいやなのよ。心臓がもたないの。






 手懐けられないライオン