twitterにてタイトル・カプをご指定いただくリクエストを募りました。2019/09/08にいーたんさまへ贈りましたSSです。
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「振っただァ!?」

 かちゃかちゃ、ジュージューと、言葉通り活気と熱でごった返す韓来の店内で、それでも掻き消されたかどうか。男の仰天が一つのテーブルで大きな波をたてた。それを真向かいで受けとめた男は、一度苛立たしげに身体を揺すったが、それ以上には気にも留めずに米を牛肉で巻いて口へ運ぶ。

「振ったって……お前ナミちゃんのこと気に入ってたんじゃねェのかよ?」

 一度箸を置いて、ビールに手を伸ばした追求者は、錦山彰である。
 その動作を見て、やはり説明せねばならぬかと、同じように箸をおいたのは、噛む回数が圧倒的に少ない若者、桐生一馬であった。

「そういうんじゃねえよ。ただ他の女の子より話しやすかっただけで」
「そういうのでいいんじゃねえのか? 駄目なのかよ」

 錦山は桐生に一向に彼女ができないことを、心配しているらしい。素っ頓狂な声のまま巫山戯てくれればいいのに、その声はどんどん落ち着いて真面目になってしまった。

「ダメとかいいとかじゃなくてだな……」
「……お前よぉ、そろそろ女がいますって言ってくれねえと、兄貴たちに俺までソッチなんじゃねえかって思われんだろうが」
「ソッチって何だよ」
「……ソッチはそっちだよ」

 今ひとつピンと来ていない桐生に、一生懸命手でジェスチャーをする錦山。数回は「何やってんだ」と言われる。――桐生一馬の鈍感具合はこの時点でお察しなのだが、錦山はこれと十年以上やってきているのである。慣れっこどころの騒ぎではない。

「俺は男が好きとかじゃないぞ」
「だぁから、わかってんだよこっちはよぉ。でも、現状そうじゃないって証明できることがないだろ? ブ男ならまだしもそのルックスでいねえから疑われんだろ? 上手くやれよ」

 上手くやれよ、とのたまった錦山彰は、本当に、「上手く」やっている。兄貴たちに充てる女の子とつるむ事によって、実際に彼女がいなくてもその疑いから逃れて立ち居振る舞っているのである。……そう。錦山とて彼女は今いなかった。

「錦。一つ聞いていいか」
「……何だよ」

 姑の小言を聞き終えたと判断し、食事に戻った桐生が目を伏せたまま問うた。

「彼女、必要か?」
「……あ?」

 根本的な疑問に、錦山の動きが止まる。

「俺に彼女ができたら、何のメリットがあるんだ? 兄貴たちがそう思うなら別に勝手に思わせておけばいいんじゃねえのか」
「……」
「それよりも、兄弟に会いに行くって言ったときに文句言われるのが一々面倒なんだが、お前はどうしてるんだ」

 お前はどうしてるんだ。

 前述の通り、錦山にも彼女はいない。それは、正に兄弟より彼女を優先する必要性に辟易したからであった。……否、それ以前に。

 桐生一馬に彼女ができたら。

 メリットがあるのは錦山の方だった。
 自分の世界が桐生一馬で回っていることに、うんざりしている自分がいた。この鈍感で、それでいて正しくて、眩しいほどに真っ直ぐな自慢の兄弟を、一人で捕らえて離したくないと思う自分の心が。そしてそれを押し付けたくもないという痛みが。その数年来の病を、和らげる薬が欲しい。

 言うなら、今なのではないかと。
 そう、何千何万回と繰り返しすぎて、もうとっくにその心は朽ち落ちてしまいそうだった。

「……錦」

 一向に返答のないまま静止してしまった錦山に、桐生が不思議そうに声をかけた。

「お前……泣いてんのか?」

 そこは、目敏くなくていいんだよ。馬鹿が。

「うるせえよ。……お前、一気に肉焼きすぎなんだよ」


 汚れているのは、俺の方なのだ。