先日いつものように、錦山は片道二時間半ほど車を走らせ、生まれ育った養護施設「ひまわり」へと帰った。ちょうどひまわりでは、子供たちが将来の夢の作文を書いていた。錦山がプレゼントを持って来ることはもうお決まりのことで、子供たちに発売したばかりのゲームソフト「カービィボウル」を渡すと、作文をほったらかしてはしゃぎ出す。へへへ、と笑い見守っていると、俺が先生に怒られてしまった。

 将来の夢か……。置きっぱなしの自分の「ボックス」を、俺は何を書いたのかと引っ張り出す。ひまわりから出るときに沢山のモノを捨ててしまったと思っていたのに、小さな頃に書いたそれは、何故か残っていた。


 しょうらいのゆめ。
 おれは、おやっさんになりたいです。
 ゆうこやみんなに、プレゼントをたくさんあげて、みんなをニコニコさせたいです。かずまといっしょにおやっさんになります。わるい人たちをたおしてひまわりをまもります。せんせい、みんな、いつもありがとう。
 にしきやまあきら


 柄にもなくおセンチになっちまうのは、許してくれや。

――おやっさんに殴り飛ばされた日。
 降りしきる雨の中で、憧れていた背中に着いていくことを決めた。でもそれは、ずっと前から決めていたことだった。何も数日で思ついたことじゃなく。というより、それ以外に考えていなかった。幼少から、小学生の高学年になって。中学生になって。お利口さんではなかったかもしれないが、弱いものを護りたくて。悪を殴り飛ばしたくて。だから「おやっさんに」なりたかった。……何より隣にいた桐生と、そして優子の存在が大きかったように思う。

 桐生が居てよかった。こいつが居なかったら、自分は今とは全く異なる何者かになっていただろう。乖離不可。誰だってそういう親友は居るもんだろう。ただ俺達の場合は、寝ても覚めても、高校も、全部が一緒だった。好きになる女の子が一緒なのも、選択科目が一緒なのも、仕方のないことなんだ。どちらが優れているのかを競うことはあっても、俺が勝つことだって、桐生が勝つことだってあるんだ。当然だ。人には得意不得意があるんだからな。
 ただ。俺には優子がいたから。兄貴としての立場にいる方が多かったように思う。桐生は、世話の焼けるやつだ。でも、喧嘩はあいつの方が強い、かもな。

 優子は身体が弱いから、入院して会えなくなることもしばしばあった。ひまわりの先生たちはみんな優しいけど、優子にとっての本当の家族は俺だけなんだ。いつか優子の病気が治って、二人で暮らしたい。その為には俺が強くなって、お金をたくさん稼いで、優子の病気を治さなくては。そういう気持ちが俺にヤクザという選択肢を選ばせた部分がある。


 桐生と優子。この二人無しでは錦山彰、この俺は成り立っていないんだ。


「にしき」

 は、と我に返る。

 こんな稼業だ。土日なんて無いが、今日はたまの土曜休みだった。昨日の夜に何故か桐生に明日は空いているかと聞かれて。予定表は空白だった。
「どうしたんだ、ぼーっとして」
 早い時間から、セレナに入っていた。……しかし、何かがおかしい。こんな早くに開けることなんてなかなか無いのに。
「いや……。兄弟がいてくれてほんとに良かったと思ってな」

 優子は相変わらず入院中だった。できるだけ沢山会いに行っているが、身体が大きくなってもその肌の透きとおるような白さに、いつも不安になってしまう。
「どうしたんだよ、いきなり」
「たまにはいいだろ。そんな気分になる日もあんだよ」

 その瞬間、セレナの電気が消えた。

「誕生日おめでとう、兄弟」

 麗奈や由美の高らかな叫びの前にボソッと、隣から祝福の言葉が聞こえた。

――生まれて良かった。
 来年もまた、ここでこいつらと同じように感謝していたいと願って。


(2019.10.08 Tue. I love you forever.)