「あら北村さん、今日は息子さんと一緒なの? 病院でお会いするのは初めてねぇ」

 金曜の昼下り、午後の病院。有給休暇の日にわざわざこんなところへのこのこと顔を出せば、そりゃ知り合いの婆さんに声もかけられるだろうよ。そこまではいいんだがな。

「こんにちは。譲って言います。……いつも父がお世話になっておりますー」

 ニコニコと返した男は確かに若く見える。

「あらァ。流石北村さんの息子さんねー。礼儀正しいわぁ」
「……恐縮です」

 なるべく婆さんの顔を見ないように言葉を返した。すぐ隣、やや右上からクスクスと小さな笑い声がする。

「息子さんどうしたの? それとも北村さんかしら」
「ああ……ちょっと、父が腰を痛めまして」

 こんどうさーん、と、受付の声。

「あら、呼ばれたわ。北村さん、腰お大事にね。また今度」
「ああ、はい。近藤さんもお身体気を付けて」

 ゆっくりと診察室に向かう彼女を見送っていると、スルリと腰に手が回された。

「ほら、突っ立ってないで座って、『お父さん』」

 八つ下の恋人。特に若く見える上、自分は老けて見えるから、父子だと思われるのも仕方のないことなのかもしれない。

「うるさい。触るな。勘ぐられるだろ」

 誰のせいでこうなってると思ってるんだ。へらへらとし続ける男をぎろりと睨めつけると、スッ、と顔が近づいてきて思わず仰け反る。……が、腰が痛い。

「……お父さんが息子の介助断ってる方がややこしいでしょ。反省してるから、言うこと聞いてよ、義一さん」

 滑らかな低い声が右耳に流れ込む。昨晩のことを思い出して身体の芯がビクついた。……痛い。熱い。

「……ッ、わかった、わかったからやめろ」

――病院を出るまでは、父子の振りをしていた方が楽かもしれない。

(あれ? 北村さん、平日に珍しいな。デートか?)
(あ、イチ、ちわーっ。そうそう、デート)
(……イチ、ちょっと黙れ)
(え?)


北村さんの彼氏主人公くんは糸目っぽい若造り30代です。優男。