朝が遅い。
 ヤクザ稼業の特徴。と、いっても偉くなればなのだが。

 真島は東城会の本部の中の毛の長い絨毯を、スキップしそうな足取りで踏んでいた。理由は単純で、真島吾朗の心を支配する人間の一と二、二人と会う約束をしていたからである。真島は服従を許さない生き物ではあるが、この人生の大半はこの一と二の為に思案を巡らし、振る舞ってきた。親友であり、兄弟。彼が約束の時間に遅れているのは照れ隠しであった。
 本部は土曜日なだけあって若衆も殆ど居ない。権威を示すために重く造られた壁と設えが囲った動かぬ空気を、ざんざざんざと掻き分けて進むのはいま真島ただ一人であった。

「――、」

 そんな正午前を震わせた、波長の長い声。目的地のドアからそれは漏れ出ていた。二人共揃っているらしい、近づくにつれて声は二人分になり、大きさを増す。

「――あっ、う」

 はた。真島は思わず靴底を絨毯の毛に捻じ込んだ。今、何かが。

「――、」

 冴島の声だった。……と感じた。しかし、明らかに色香を含んだ吐息混じりの呻き声であった。あの喉からそんな音が?

「――、きりゅう、あ」

 真島は音の漏れるドアに更に近づくと、音を立てずに隙間を開け、中を窺った。
 は、と動揺の悲鳴をあげそうになった息は、而して冴島の吐息に掻き消された。

 あれほど静まっていると思っていた建物の空気が、この部屋の中だけ熱く湿度を帯びてぐちゃぐちゃに掻き回されている。こちらに背を向ける桐生は冴島の膝を抱えていた。桐生はほとんど服を乱していないが、冴島はそうではない。どんな画面だと混乱が混乱を招くが、二人が遊んでいるわけではないのは誰の目にも――真島の一つの目にだって明らかだった。

「あ、は……声を抑えろ、」

 更に分からないのは、冴島が信じられないくらい快楽に溺れていることだった。桐生はガクガクと揺すぶりながら冴島のうなじに細かくキスを落としていたが、その一突き、その一吸いに冴島は過敏なほどに悶えていた。二人して息を荒げ、まるで好き合っているような交わいを見せている。
 一と二が。がらりと真島の中で音がした。夢にまで見た冴島の巨根は、芯を持たずにぶらぶらと揺らされている。後ろだけで快感を拾っている人のそれだ。真島にはわかるのだ。夢に見たから。
 あのジンジンするような甘い低音が、自分を殴り倒す強い男の自信を持った視線が、全て冴島に注がれている。
 サ、と冷たくなったり沸き立つように混乱したり、真島は大忙しだった。身体が勝手に小刻みに身震いする以外は、まるでこの扉を護るガーゴイルにでも成ったかのようにびたりと張り付いて動けない。中の人達はお構いもなしにお互いの名を呼んで溶けている。

「、」

 突然、溺れていた冴島がこちらを見た。
「!」
 真島はそこで己がしばらく瞬きを忘れていたことを知った。痛みを伴った瞬きで、目が慌てて雫をだらりと流す。
 真島を見つけた冴島はというと、一際目を溶かしてこちらを笑った。気だるそうにしていた右腕をこちらへ伸ばした。

 もうダメだ。真島は急ぎそこを離れる。自分が勃起しているのを知って酷く泣きそうになった。もうダメだ。何もかも駄目だ。




「……何か居たか?」
「いや……?」