寂しくない星の夜に


眠れない夜には星を見るといい。
美しい星を眺めて心を落ち浮かせるでも、星を数えて時間を潰すでも、なんでもいい。ただ眠れない夜、空を見上げればたくさん星が自分を受け入れてくれること。自分がいる世界は広い広い世界のほんの一角でしかないことを知ることができれば、悲しいことも、寂しいことも和らいで、いつしかぐっすりと眠れるようになるから。

とても静かで綺麗で、この時間、嫌いじゃないよと。そう語った彼に。
わたしはあの日、なんて言葉を伝えたのだったかな。


「眠れないの?」

静かな夜に聞こえてきた声に、わたしはゆっくりとそちらへと視線を向ける。
この旅での何度目かの、アルテスタさんの家での休憩の日。体は疲れているはずなのに、何故だか眠れないからと外に出て、夜空を眺めていた深夜のこと。
そっと。静かに。みんなを起こさないように。
囁くようにわたしの名前を呼ぶミトスに、わたしはそんなところ、と笑ってみせた。

「ミトスこそ。もう遅い時間だよ」
「ちょっと、眠れなくて。……それに、星が綺麗だったから」

このまま眠るのはもったいない気がしたんだ、と答える横顔に、そっか、とそれ以上言葉が続かない。
その横顔に、かつて星を見ることを教えてくれた男の子を思い出してしまったのだ。違う人だって言っているのに、何度も思い出しては重ねてしまうことが申し訳なくて、なんだか上手に言葉が出てこなかったのである。

彼は、わたしの知る「ミトスくん」ではない。
シルヴァラントともテセアラとも違う世界から迷い込んで、途方に暮れたわたしを助けてくれた、二人の優しい姉弟とは、生まれも育ちも違うはずの別人、だ。
見た目も声もとてもそっくりで、名前も同じだけれど……でも、あれから四千年も経っているということを思えば、別人であることは疑いようがない。別の世界から来ただけじゃなくて、時間も飛ばしてここにいるわたしがおかしいのであって、本来なら、出会うこともない、ただのハーフエルフの男の子だ。

だから重ねてはいけない。それはとても失礼なことだって、思うんだけど。
あの日。一人星を見る彼に、やっぱりどうしようもないほどそっくりで。ただ二人並んで星を見上げるだけじゃ、落ち着かなくて。
わたしはせめて、目の前のミトスの顔をちゃんと見ようと思って、なるべく優しい声色を意識して話しかけた。

「眠れないなら、一緒に寝る?」
「えっ?」

きょと、と目をしばたたかせる彼は結構可愛い。綺麗な顔立ちをしているから、目を丸くするといつも以上に幼く見えて、わりと好きだったりする。
まあ安心してほしいのだけれど、もちろん。本当に一緒に添い寝するとか、そういう提案じゃない。一人でなんとなく眠れないのなら、一緒に過ごそうとか、眠れるように寝かしつけてあげるとか、そういう意味だ。
やましいことは何もないよ、と伝えるように、ぽんぽんと自分の膝を叩くと、ミトスは少しだけ赤らんでいた頬を少しだけ膨らませた。

「寝かしつけは自信あるよ。今なら謎に好評なお姉さんの膝枕がついてくる!」
「も、もう、またそうやってからかって……それ、ロイドにもしたの?」
「寝かしつけならしたよ。でも、膝枕は今のところコレットが独占状態かな」
「……そ、そっか」

どことなくほっとした様子で息を吐いたのは、年相応の気恥ずかしさからだろうか。それとも、ジーニアスのお友達でもあるロイドに対抗心みたいなものでも抱いているのだろうか。初めてのお友達ができると、ちょっとそういう独占欲みたいなものができるし、ちょっとだけやきもちを妬いた延長線で、ロイドも同じことをしたのか、と知りたくなってしまったのかな。

理由はどうあれちょっと微笑ましいな、とミトスの様子をうかがっていると、彼はちょこんと控えめに隣に座りこんできた。もちろん、こちらに頭を倒してきたりはしない。隣に座るだけだ。
それに、やっぱり膝枕はミトスくらいの年頃の男の子には恥ずかしすぎるかな、と申し訳なくなって、ごめんね、と彼の顔を覗き込んだ。

「ごめんね。ちょっとからかいすぎちゃったかな」
「う、ううん。……あ、うん。恥ずかしい、けど。でも、その……嫌じゃないよ。構ってくれるのは」

でも、と。小さく首を振って。ミトスの頭が、ぽすりとわたしの肩にもたれかかってくる。
きっとそんなに体重はかけていなくて、ただほんのりと頭を肩に乗せているだけだ。
なんとなく手は触れているけれど繋いではいないし、ただ、そこにあるだけ。すごく控えめなそれに、けれど満足したようにはにかむ彼と目が合った。

「……もうちょっとだけ、こうしてくれる方が嬉しい」

さすがに膝枕は照れくさいから、と照れる彼に、そっか、と言って、近くにあるだけだった手にそっと触れる。
せっかくだから手を繋ごうよ、と言えば、おずおずと握り返してくれるのが可愛くて、ちょっとだけ照れくさくなって。わたしはまた、視線を夜空に戻す。


かつて。眠れない夜に、星を一人で見上げているミトスくんを見て、わたしは寂しいなって、思った。
星を見る時のこの子は、募らせている寂しいって気持ちを誤魔化して、飲み込んで、一生懸命にそこに生きているんだろうと思って。とても寂しいなと思って、少しでもその寂しさを和らげることができる人になりたくて。
そう思うだけで、結局、そばに居続けることもできなかったことを、悲しいなって思っていた。

だから、だろうか。今こうして、そばにいることができてよかったな、って。そう思う。
彼がひとりで夜空を見上げなくてよかった。寂しいなって思った時に寄りかかれる場所にいられてよかった。彼は決してあの子の代わりにはならないけれど、わたしが大切だなあと思った子が、少しでも心を和らげることのできる場所になれているのなら、それはとてもとても光栄なことだなって、思った。


そっとミトスの頭を撫でてから、わたしも少しだけ体重を寄せる。
体を預けた視界の向こうで、星が流れていた。




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