君と見る月は


※お題企画「お月見」
※アルテスタさんの家の前にて



「月が綺麗だね」
「うん。今日は満月がよく見える。キミも月を見に?」
「そんなところかな。お隣、いい?」

アルテスタさんの家の前。もう夜なのに、ミトスが一人で外に出たことに気付いたから追いかけて外に出て話しかければ、岩の上に腰かけていた彼はどうぞ、と少しだけ横に動いてくれた。
もうみんなが寝静まっている頃だけれど、寝付けないのだろう。何か話を聞かせて、と首をかしげてみせる彼に、そうだなあ、とわたしは空を見た。
最近の旅のことを話すのもいいけど、それだときっとジーニアスと話題がかぶっちゃうから、違う方がいいかな。そうしたら、自然と思い浮かぶのは自分が元居た世界の物語だ。でも、昔話が聞きたいわけじゃないと思うし、うーん。
少し考えてから、わたしはずっと見上げている月にかかる影に、そうだ、と呟いた。

「ここの世界でも、月にうさぎっているのかな」
「月に、うさぎ?」
「そう。月の模様がうさぎが餅つきをしているように見えるから、月にはうさぎがいるんだって、昔の人は思ったんだって」

月にはうさぎがいる。いったいいつから生まれた言い伝えなのかはわからないし、どうやってその物語を自然と覚えてしまったのかも覚えていないくらい、わたしにとっては定番のお話だ。よくお月見の季節になると見かけるようになる月とうさぎのモチーフが好きだったことを思い出して、ここにも同じような話はあるのかと問いかけてみる。
あの影のあたりとか、と、彼に肩を寄せながら月を指さしてみるけれど、たぶん、この世界では聞かない考えだったのか、いまいちピンとこないのだろう。ミトスは困ったように眉を下げた後、うーん、と申し訳なさそうに目を伏せた。

「うーん……ボクにはそうは見えないなあ」
「だよね。わたしも見えない」
「なにそれ」

それなのに話したの、と噴き出したミトスに、話をせがんできたのはそっちだよ、と笑い返す。
別に、何かものすごい物語を聞かせることを求められたわけではないし、これで十分だろう。うさぎに見えない、という気持ちを共有できるならそれでいいし、もしも、彼の目には月のうさぎが見えるなら、ぜひ教えてほしいなと思っただけだ。
素直にそう答えれば、ミトスはそっか、と頬を緩めて、ボクにもうさぎは見えないや、とほほ笑んだ。

「あとはそうだなあ……月が綺麗ですねって言葉、わたしの地元だと、言葉通りじゃない意味があったりするんだけど。こっちでも、そういうのってあるのかな」
「月に? ……うーん、ことわざってこと?」
「ことわざではないかな。わたしも、元の話には詳しくなくて、いろんな人がそうだって話してるのを聞いただけの知識だけど……外国の言葉を訳す時に、そういう例を使ったとか、月が綺麗に見える理由的な感じでどうこうって聞いた」
「ずいぶんとうろ覚えだね。どんな意味があるの?」

厳密には、もっと違う理由だったと思うけれど。特に専門で学んでいたわけでもなく、なんとなく日々を生きていて、耳に入ってきただけの知識だから、うろ覚えにもほどがある。
けれど、その訳を聞いて、美しい言葉だな、と思ったから、よく覚えている。

「あなたが好きです」

アイラブユーを訳しなさい。直接的に語るのは、我々には向いていないから。
本当にそんなことを言ったのかは知らないけれど、その例として出されたのが、月が綺麗ですね、という言葉だと、どこかで聞いた。わたしはそれを聞いて、とても美しいなと思ったのだ。
世界が少しだけいつもと違って見える瞬間が恋の瞬間だなんて、とても素敵だなって、思ったのだ。

「好きな人と一緒に見る月は、特別綺麗なんだって」

だから、月が綺麗ですね、は、あなたが好きですって意味だよと言えば、ミトスはぱちりとまばたきをする。
それから、そうっと。柔らかく微笑んだ。

「……じゃあ、きっと。今見ている月が特別に綺麗なのは、それが理由だね」
「え」

それってどういう意味、と聞く前に、ミトスは岩から立ち上がって、こちらへと振り返る。

「そろそろ寝よう。あんまり外にいると、体を冷やしてしまうよ」

そうしてわたしに笑いかける彼がとても綺麗だったので、わたしはその言葉の意味を問い返すことができないまま、ただその手を取った。
それからもう一度、月を見る。
やっぱり、今日の月は、とても綺麗だと思った。



index.