素直じゃない初恋について


※夢グミオンライン2配布



「キミはボクのこと、いったいいくつだと思ってるの」

何って、いつまでも可愛い子で、甘やかしてあげたい、いつまでも大好きな、概念年下の男の子だけど。
わたしは咄嗟に浮かんだ言葉を飲み込んで、マーテルさんの頭を結っていた手を止めた。それから、今しがたの言葉を呟いた彼へと視線を向ければ、むす、と表情をしかめてつぶやくミトスくんと目が合って、ゆっくりとまばたきをする。
ケリュケイオンに用意してもらったこの一室は、今ではわたしとユアンと彼らの四人で使っていて、嬉しいことに少しだけ狭くなった。みんなとの距離が近くなって嬉しいわ、と朗らかに笑うマーテルさんにわたしも笑顔を返しながら、その長い髪に櫛を通して。今日は姉弟でお揃いにでもしようか、なんて言っていたところで、この発言。
マーテルさんとのお揃い自体は、きっと嬉しいだろうに。わたしがこの後ミトスくんの髪を弄りたがっているのが伝わって、その言葉が出てきたのだろう。
もうそんな歳ではないと眉を顰める彼は、間違いなく拗ねていた。
「確かにこの体は十四歳だけど。四千年も生きて、もうキミよりすごーい年上になったって、わかってる?」
「うーん……それはまあ、わかってるんだけど……」
わかっている。わかっているとも。
このティル・ナ・ノーグに来る前。わたしと彼らが出会った時は、確かにわたしの方が年上だったけれども。その後なんやかんやで別れて再会した時には四千年の時が過ぎていて、ミトスくんの方がわたしより年上になってしまったという事実は、ちゃんと理解している。
彼だって男の子だし、わたしにいつまでもお姉ちゃん面されたり子供扱いされるのは嬉しくないだろう。その気持ちもまあわかる。現在進行形で頭を撫でたり抱きしめたり髪を結ったりと構い倒しているわたしを嬉しそうに受け入れてくれるマーテルさんがちょっと特別なのだ。
しかも今は同じ部屋にユアンだけでなく、用事を伝えに来たクラトスさんもいるから、余計に子供扱いが不服なのだろう。
わかる。わかるとも。
だから、うーん、と唸ってみせるけれど。やっぱり出てくる言葉は、最初に思った通りのものだった。
「ごめんね、もうちょっと諦めててほしいかな。今、君たちを甘やかしたい猫可愛がりしたいお年頃なので」
「なにそれ」
「ふふ、いいじゃないミトス。私は今、いっぱい甘やかしてもらえてすごく嬉しいわ」
「そりゃあ、姉さまはそうだろうけど……」
ふわふわと笑うマーテルさんに、ミトスくんはがっくりと肩を落とす。
いつも何かと甘やかす側だったマーテルさんが楽しそうなのは嬉しいけれど、それとこれとは話が違う、ということだろう。複雑な弟心だねえと他人事のように思いながらマーテルさんの髪を結うのを再開して、用意していたリボンを結う。そうすれば、それまで黙って様子を見ていたユアンがやれやれと大仰に首を振って一歩前に踏み出してきた。

「……どうやらミトスは君を独り占めしたいらしい」
「ちょっと、ユアン?」
突然前に出てはそんなことを言い出したユアンに、ミトスくんは怪訝な表情を浮かべる。
一挙一動を監視するような鋭い視線だ。けれど、ユアンはそんなものまったく気にならないとばかりにこちらへと近付いてきて、マーテルさんの髪に結ばれたリボンを見てとても似合っている、とほほ笑んだ。
「どうだ、私もそろそろマーテルとゆっくりしたい。ここはゆずっうおおっ!?」
きっと彼は、マーテルさんと二人きりで過ごす時間が欲しいと言おうとしたのだろう。二人は結婚しているので、その要求は自然なことだけれど、それをすんなりと許すような弟はここにはいない。
ユアンに向かって、ミトスくんがぶんっと勢いよく剣を振り下ろすのを見て、おお、と声を漏らした。
慌てて仰け反ることでそれは回避されたけれど、彼は剣から手を離さないし、ユアンを見るミトスくんの目は笑っていない。
「今さらお前のことを認めないと言うつもりはないけど、話す言葉には気を使うべきだね」
「これでも私はお前を思ってだな……おおっと!」
ミトスくんの追撃を避けられるユアンはさすが、と言えばいいのだろうか。それとも、いつもなら皮肉や攻撃的な言葉で切り捨てることの多い彼が、わざわざ武器を取るくらいには心を開いていると受け取ればいいのだろうか。
いかんせん、わたしは彼らが勇者と呼ばれていた時代のことを知らないので、敵対する立場じゃないとこんなやり取りをするような仲だったんだなあと眺めるしかできない。
マーテルさんやクラトスさんにこのままでいいの? と視線で問いかけるけれど、前者はにこにこと笑うだけで、後者も無言で首を横に振るだけだ。どうにもならないらしい。
「あらあら。二人とも仲良しね」
「あー、まあ、喧嘩するほど……ってやつ……かな?」
果たして、どこまでが本当にマーテルさんの言う通りなのかわからないけれど、彼女の言葉を二人は無視できない。
ちっと舌打ちをした後に、ミトスくんはくるりと踵を返した。
「もう! ボク、シンクで遊んでくる!」
「と、じゃなくて、で、なの?」
「で、だよ!」
ふんっと顔をそらして歩き去る様子は、誰がどう見ても拗ねている。その、見た目相応の子供らしい振る舞いはを見ていると、申し訳ないけれど可愛らしいという気持ちでいっぱいになってしまった。
とはいえ、普段ならもう少し冷静に突き放すことが多いらしいので、これは気を許しているがゆえに見られる言動なのだろう。甘えられている気がしちゃってついつい嬉しくなってしまうけれど、そう思ってしまうことも、彼が「子供扱いされている」と思う原因の一つだという自覚はある。
でも可愛く思ってしまうのはやめられないしなあ、と思っていると、様子を見守っていたクラトスさんがそっとこちらへ近付いてきた。

「あまりいじめすぎないでやってくれ」
誰を、というのは、まあ間違いなくミトスくんのことだろう。
いじめたわけではないことくらい、彼もわかっていると思うけれど。そのうえで、もう少し譲歩してやってくれ、といったところか。
マーテルさんに頭を撫でられているユアンをちらりと見て、クラトスさんはあれみたいにする必要はないが、と前置きを置いてから、アレはまだまだ子供なのだと薄く笑った。
「その感情のせいで、少々、意地悪くなったり、面倒な思考になることは、私も経験上覚えがあるが……あれは、そんな機微を察せるほど大人ではない。ただ時間を重ねてきただけなのだ。加減してやってほしい」
四千年、確かに彼はわたしより長く生きている。けれど、誰かと気軽に話をしたり、人との交流を重ねてきたわけではない。だから知識や経験は多くとも、まだまだ対人関係については年相応なのだ……と。
かつての師匠として、まだまだ弟子が心配なのだろう。わたしを見ている視線も、いつもより落ち着きがない。どうか彼のことをわかってほしい、と願うような、そもそもわたしたちの関係が今どういう名前をつけるものであるかがわからなくて様子を見ながら話しているような、そんなぎこちなさがある。
まあ、わたしも、今のわたしとミトスくんの関係ってなんて言えばいいのかな、とは、思っているのだけれど。
それは今は関係のない話なので、考えてはみますね、とだけ答えて。代わりに、この少しだけ微妙な空気をどうにかするために、その意地悪くなった経験話ににんまりと笑った。
「そこらへんの馴れ初め話、ロイドの後でいいのでいつか聞いてみてもいいですか?」
「……善処しよう」
「冗談ですよ」
「あら、私も聞きたいと思っていたのだけれど」
「私も興味あるな」
「お前たち……」
そわそわとした表情でマーテルさんとユアンがクラトスさんを挟む。
期待するような視線を浴びて、クラトスさんはフ、と笑って。
それから、用事は済ませたとばかりにさっさと出て行った。





「あ、いたいた」
しばらく三人で過ごしてから、ふらりと外に出てみれば、ミトスくんが廊下を歩いているのが見えて声を弾ませる。
それから、一度立ち止まって。周囲の確認。ここには気配を消すのが上手な人がたくさんいるのであまり意味はないかもしれないけれど、少なくともわたしがすぐに気付くぐらいに存在感のある人たちはいないのをしっかりと確認してから、ミトスくんへと駆け寄った。
「ミトスくん」
名前を呼べば、素直に振り返ってくれるのが嬉しくて、わたしはそのままぎゅうとミトスくんを抱きしめる。
抵抗は特にない。
不満そうではある。
でも、別に今はたまたま歩いていたら出会っただけで、先ほどのフォローをするつもりだったわけではないので、気にせずにぺとりと頬をくっつけるようにして抱き込んだ。
「……子供扱い」
「特別扱いです」
都合のいい言い方、と呆れられたけれど、これだって事実である。
彼といる時は何故か出会わないゼロスくんがここにいたら、どこからどう見ても特別扱いじゃねーかと言うくらいには特別扱いをしているのだ。子供扱いしているだけではない、のだ。

でも、やけに不満そうにする理由もわかっている。
わたしと彼はこの世界に具現化されたタイミングが違うので、彼は知らないけれど……実は、ミトスくんとってわたしが初恋の人であることを、わたしは知ってしまっているのだ。
初恋の人にいつまでも子供扱いされたら、それは面白くないだろう。今もその気持ちが続いているのかはわからないけれど、もう少し子供でなく対等な個人として扱ってほしいと思うのは自然なことである。
でもなあ。わたしたち、ここで合流してからもなんとなーくそういう話は避けているので、本当に、今も同じなのかわからないし。マーテルさんと三人で過ごすことを優先しているし。ユアンとの結婚式を終えた後だって、家族が増えて嬉しいねって、四千年前の続きのように過ごしているだけだから、触れていいのかすらわからない。
そもそも四千年前の初恋ということを一方的に知っているだけで、今現在に告白をされたわけでもないから、彼女面するのも違うし。見た目は一回り近く違うから、急に子供扱いをやめたら、わたしたちの関係ってなんて名前の関係なのか混乱してしまいそうで、足踏みをしている。
……まあわたしも、まあその、何と言いますか。家族、としても好きだけど、個人としてもまあ、好き、なので。お姉ちゃん面しかできないでいるけれど、もしもその初恋を叶えることを許してもらえるなら、それもいいか、と思っている。だからはっきりさせたい気持ちもあるけれど。それを実行するだけの勇気も特になくて、もだもだ。うーん、家族以上恋人未満とでも言うのだろうか。とにかくわたしたちは今、非常によくわからない関係、なのである。
こういう時、ここに一緒にロイドたちが乗っていてくれたらなあと思う。そうすれば、もう少し勇気が出た気がする。
いつまでも人に勇気をもらってばかりいるなと言われればそれまでだけれど。このように、いろいろとうだうだと考えていることは、きっとミトスくんはまだ知らないだろう。
大人しく抱きしめられるがままだった彼は、ぽんとわたしの背中を叩いてから、今日は仕方ないから甘やかされてあげるよ、と肩をすくめた。
「ま、いいけどね。臆病なわりに頑固だって知ってるし。何言ったって甘やかしたいなら甘やかすんでしょ」
「おお、ずいぶんとわたしのことに詳しいな」
「当然でしょ」
変わらないよね、と目元を緩めて微笑むミトスくんは、見た目相応の男の子というより、ちゃんとわたしに詳しい年上の落ち着きというものがあって。
ちょっとだけ。ちょっとだけ、落ち着かない気持ちになって。つい、拗ねるような気持ちで口を開いてしまった。

「うーん、じゃあ、わたしが君に甘える時、人がいないのをちゃーんと確認してる理由も察してほしいかな」
「え?」
こうやって誰かを抱きしめることは、わたしにとってそれほど珍しい行動じゃない。それでも、誰かに見られたらいやだなあ、と思うくらい、特別に思っている理由を、彼がちゃんと知っていてくれていないことに、ちょっとだけ面白くなくなってしまったので。
せいいっぱい、お姉ちゃん面して。
せいいっぱい、ただのわたしとして。
好きな人の耳に、こそりとそれをささやいた。
「……君の初恋の人、結構、照れ屋なので」
へへへ、と曖昧に笑って、距離を取る。
ごめんね、これがせいいっぱいだ。
本当は好きな人に対してだいぶ照れ屋なんだよとまで言いたかったけれど、そこまでは無理だ。今日は無理。君の初恋を知っているよと伝えるのでせいいっぱい。そのうえでのこの距離感と特別扱いについて考えてくれと押し付けるのでもう限界。
なので、ぽかん、とわたしを見上げるミトスくんから距離を取って、笑って。
それから次の瞬間、わたしは勢いよく駆け出した。
当然、後ろの方でわたしの名前を呼ぶ声がしたけど無視だ。だって今顔真っ赤だし。いたたまれないし。理由を当てられても間違われても恥ずかしいし、今日はもう降参だ。
ここで逃げ出したせいで、しばらくの間、追いかけっこを楽しむ羽目になることになるとか。彼の初恋とわたしの恋の行方とか。それはまた別の話、ということで、許してね。



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