かつて夢見た大切について


※夢グミオンライン2配布


「わ。かっこいいね」

思わず言葉を零すと、それを受け取る相手は退屈そうに眉をひそめた。
足を組んで座っているせいで、とても不機嫌そうだけれど、その様子さえ見惚れるほどに様になるのだからさすがだ。これからしばらく、この美しい人の隣に立たないといけないことに気後れしてしまうくらいほどの美人圧である。
一応、わたしだって、ちゃんと綺麗なドレスにお化粧にと整えているけれど。この美人さんの隣に並ぶとどうやってもちんちくりんだ。初めて会った時も思ったけれど、やっぱり美人だなあ、と改めて彼……ユグドラシルの姿をして正装に身を包むミトスくんを見た。
ミトスくんがわざわざその姿をユグドラシルのものに変えて、そのすらりとした長躯と美しい金髪が映える白いスーツを着ることになったのは、まあ言ってしまえばわたしのせいである。
今、わたしたちがお世話になっている救世軍の中でも、特別みんなのことを気にかけてくれているマークが困っているところに通りかがったから、じゃあわたしも何か手伝うよ、と自ら手を上げた。
そうしたら、どこぞのパーティとやらに忍び込んで、自分達がなんやかんやをするために動きやすくなるように手引きしてくれ、と言われた。
潜入任務だからとご用意されたドレスに袖を通すにあたって、ペアで行動するパートナー役も必要だと言われて現れたのが彼だった。以上である。
潜入とは言っても会場の様子を逐一報告したり、必要があれば誰かの目を引く行動をするのが主で特別難しい任務じゃないし、いつもお世話になっているのだからこうして手伝うのは当然のことだし。それに美味しい料理も食べられるしめったにできないおめかしもできるし、と悪い条件はなくて、二つ返事で了承したのだけれど。
たぶん、わたしが了承しちゃったせいで、わたしとよく行動しているミトスくんがお呼ばれしちゃって、そのままじゃ子供すぎるからとこの姿になるように言われたのだろう。好んでこの姿になることはないみたいだし、そう考えれば先ほどから黙り込んで不機嫌そうなのも納得だ。
でももともとユグドラシルの姿をしているときは仏頂面か無表情ばかりだったし、今さら怯えたりしない。そもそも中身は変わらないしね。どちらかというと、よく了承したなあ、と思う方が先である。
だからわたしは彼が不機嫌そうでも特に気にしないことにして、それよりも「ちょっと構わせて」と一言伝えるだけ伝えて返事は聞かず、彼の頬を軽くつついたり髪を後ろにまとめてはどのヘアアレンジも似合うなあ、なんて頬を緩めた。

「あ、そういえば、その姿の時ってユグドラシルって呼んだ方がいいの?」
「……ミトスでいい」
「うん、わかった。ふふ、ミトスくんはかっこいいねえ」
かっこいい、と言いながら頭を撫でるのは、ちょっとちぐはぐな行動な気がするけれど許してほしい。だってほら、シルヴァラントとかテセアラでは、寿命的にも状況的にも大人になったミトスくんをじっくりと見ることはできなかったから。この姿がそのままミトスくんの未来の姿とは限らないらしいけれど、それに近い姿を見ることができて、単純に嬉しくなってしまっているのである。
四千年前に出会って、別れて、わたしだけ時間を飛び越えた先で再会して。でもその時にはもう、お互いにお互いの道を選んでいて。こうして一緒に時間を過ごす、なんてこと、できなかった。特にこの姿の彼と静かに話をすることなんてありえないことだったし、こんなに素敵な人になるんだなって知って、どうしたって心が浮足立ってしまう。
この気持ちは親心に近いかもな、と思いながら髪を梳いていると、ふと、彼が頬を緩めたのがわかった。
ミトスくんもこの貴重で素敵な時間を嬉しく思ってくれるのかな、なんて思ってふわふわと笑っていると、彼の綺麗な手がわたしの手に触れる。
いったいいつ頃に抜かされるのかわからないけれど、わたしよりも大きくなった手が、するりと指を絡めるように繋いで。どうしたのかなとその動作を眺めていると、それからしっかりとわたしをその綺麗な瞳に映した。

「キミはとても愛らしいね。綺麗だよ」
おっと。
綺麗な顔から飛び出してきた褒め言葉に、熱くなりそうな頬を必死になだめてありがとうと笑ってみせた。
そりゃあ、こちらも潜入先のドレスコードに沿ってめかしこんでいるので、そういう感想を出してもらわないと困る。そして彼はちゃんと人を褒めることのできる子だ。だから、わたしを褒めるのは当然。うん、中身もちゃんと素敵な子に育っていてお姉さんは嬉しいです、なんて。
変に照れてしまわないように必死にそう言い聞かせて、わたしはぎゅっとその手を握り返した。
「ありがと。それにしても、ミトスくんが手伝ってくれるとは思わなかったな。わざわざその姿になってさ」
「キミ一人参加させるわけにはいかないだろう」
「他にも候補者いたのに。もしかしてやきもち妬いてくれた? ……なんて」
この発言はさすがに調子に乗りすぎかな、と頬をかく。
でも本当に、最初にパートナー役がいるって聞いた時、てっきりゼロスくんが協力してくれると思い込んでいたのだ。彼ならこういう場に慣れているし、たまには二人で出かけようよとよく誘ってくるし、いろんな意味でぴったりだ。
でも出てきたのはこんなにかっこよくなったユグドラシルもといミトスくんだったので、実はすごくびっくりしたのである。わたしとよく一緒にいる、という意味では、おかしくない人選なんだけど、いかにも嫌そうだし、断ることだってできたはずなのにしなかった、というあたりも含めて、やきもち妬いて立候補してくれたのかな、なんて、聞いてしまった。
ミトスくんがわたしに懐いてくれている、もとい、好きでいてくれているのは知っている。だからこそ出てきた言葉だけれど、嫌がられたら困るなと彼の様子をうかがっていると、とても静かな目でわたしをじっと見るミトスくんと目が合った。
「そうだと言ったら?」
「え、普通に嬉しいけど」
当然でしょ、と返せば、ミトスくんの表情が目に見えて拗ねたものに変わるので、わたしはこっそりと苦笑する。
おおかたわたしを照れさせてやろうというものだったんだろうけれど、そう簡単に照れてなるものか。
だってわたしは、お姉さん、なのだ。

四千年前。まだ勇者じゃなかった彼と出会った時。わたしはたぶん、彼のもう一人のお姉さんになりたいという気持ちが強かった。マーテルさんに対しても、彼女を甘やかしてあげられるような人になりたいと思っていたのだから、その弟に対しても似たような気持ちを持つのは当然だ。お姉さんになりたかったし、お姉さんをしていた、というプライドがわたしにはある。
……そして同時に。たぶん、お互いにお互いのこと好きなんだろうなあと察してはいる。その好きの意味が何かもなんとなくわかっている。
なにせ元の世界で、わたしは何度も好きだって言った。一緒にいてほしいって言って、でも叶わなかった。
そして、これはちょっと、ズルだけど。彼にとってわたしが初恋の相手であったと知ってしまった。
でも、決定的な一言をお互いに言わないままでいるので、わたしたちの関係は今までのそれと変わらない。なんとなくお互いに好きなんだろうなと思いながらも、特別に大切な人。そこまで。それ以上はない。ないのだ。
だからわたしは彼のお姉さんであるというプライドの方を優先するし、それ以上の言葉はこちらからは言わない。……まあ、そのうちわたしがいろいろと根負けして言うことになると思うんだけど、今はまだ、お姉さんをしていたいのだ。
かっこよく育った弟みたいな男の子に懐いてもらえて嬉しいって思って、綺麗になった彼を他の人よりちょっとだけ近いところから見て、素敵だねって素直に言えるお姉さんでありたいのである。
そんなわたしの意地をわかっているのかいないのか。黙ってしまった彼の髪の毛をまとめて、やっぱり結いた方がかっこいいよな、とアレンジすることの許可をもらおうとしていると、くいと軽く手を引かれたことに気付く。
とても弱い力だ。引き寄せたいわけではないのだろう。どちらかというと気を引きたいだけかな。どうしたの、と視線を再び彼に戻せば、彼はゆっくりと立ち上がってわたしを覗き込むように顔を近付けて来る。
別に触れられるほどの距離ではないし、わたしの大好きな目がまっすぐにわたしを見ていたから、わたしは何もしない。覆いかぶさってくる彼の肩からさらりと落ちた髪が頬に触れるのがくすぐったいなと思いながら言葉を待てば、繋いだままだった手の先に柔らかいものが触れた。

「私は。……ボクは、キミにドキドキしてほしいんだけどな」

じっと。まっすぐにわたしを見つめている彼は、息を飲むほど綺麗で。たぶん、混乱を、してしまって。
わたしはミトスくんの唇ってユグドラシルの姿になっても柔らかいんだなあなんて変なことを考えて、でも簡単には動揺したくなくて、でも確かに指先に触れたそれに動揺していて。
「お、……おきくなったねえ」
ぽろ、と零れ落ちた言葉は、ものすごく間抜けだった。
「……」
「いや、ごめん。なんかそんな、そんなこと言うようになったんだなあみたいな」
不満だ、とばかりに向けられる視線に慌てて謝るけれど、まあ、とても頑張っただろうアプローチに対する返答が「大きくなったねえ」じゃ呆れられて当然だろう。弁明の言葉もない。
でも、だって、さあ。いくら綺麗な男の子だなと普段から思っていたとしても、いきなりそんな漫画みたいなことを漫画みたいな動作でされたら、やっぱりびっくりするし、それがあまりにも様になっていたら動揺してしまうのは仕方ないじゃないか。
むしろ、動揺しちゃったんだから許してほしい。なんて。しどろもどろに答えていれば、ふう、と彼は肩をすくめた。
「もういい。そうだった。キミはそういう人だった」
「ごめんって。もう」
拗ねないで、と頭を撫でようと手を伸ばして、ああそうだ、今はユグドラシルの姿だから手が届かないんだ、と気付いて、代わりに手を両手でつなぎ直す。
でも、そうやって拗ねるところ、昔にマーテルさんを独り占めしすぎて拗ねられてしまった時と変わらなくて可愛いなあって思ってしまって。ふふ、と思わず笑ってしまえば、つんとそっぽを向かれてしまった。

さて、大きくなって綺麗になってかっこよくなっても変わらずに可愛いミトスくんのご機嫌をどうやって任務開始までにとろうかな。
あとでマーテルさんたちに今日のことを報告する時、なんて言おうかな。
そんな、きっとどうでもよくて、とっても大切で、ずっとほしかった、素敵なことを考えながら、わたしはもう一度彼の名前を呼んだ。




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