魔法少女は一人で眠らない

何か飲みたいなあと思って入ったリビング。誰もいないだろう、と思っていたのに、椅子に座っていた人影を見て驚いて足を止める。
座っているのは、背もたれにもたれて寝ているのは、秋也先輩、だった。

(寝てる)
彼が家にいるのは、悲しいことにもう慣れた。うちで家事代行アルバイトを始めて数か月になるし、慣れない方が問題だ。
台風とか大雨でうちに長く留まったり、泊まったりすることも、一度や二度ではない。だから別に、先輩が家にいるからって驚くことは何もないんだけど。寝ている姿を見る、というのは、初めてだったので。なんだかとっても驚いてしまって、こっそりと近付いてはその寝顔をまじまじと見た。
(まあ……そうだよね。先輩も寝るよね。なんか、寝かしつけてるイメージの方が強くてびっくりしたけど)
普段のやたらとこちらを構ってくる姿を思い出してはくすりと笑う。たまにこの島の貴重な幼稚園にもボランティアで行くことがあると言っていたし、確か以前、こいつの膝枕すっげー硬いから逆にいい、なんて天海先輩が話しているのを聞いたこともあるから、実際に誰かを寝かしつけることはよくやっているのだと思う。
泊まった日も、気を使っているのか誰よりも早く起きて朝ごはんまで作ってくれたりするから、彼が寝ているところなんて見たことない。ついでに悪の組織と遊ぶときに巻き込まれる定番の人質になったけど、意識を失うと危ないからって、眠らせるようなことを彼らはしないから、新鮮。こうして彼の前に立ったまま動かずに眺めてしまうくらいには、とっても。
(寝ると幼く見える、って本当なんだ)
余計な力が入っていないせいか、普段の印象とは少し違って見える。いつも表情がないけど、寝ている時はそれが当たり前だからだろうか。起きている時よりも表情があるように見えて、その綺麗に整った顔立ちがよくわかる。
その顔をじっと眺めながら、私はなんだか急に落ち着かなくなって、はーっと大きく息を吐きながらうずくまった。

優月秋也という人間に対して、どう接するべきなのか。私は未だに悩んでいる。
さまざまな意味で正体がバレてから、うちに家事代行のアルバイトに来るようになったり、いろんなところで顔を合わせたり、それなりに付き合うようになったけれど。この人に対して、どう接するのが一番いいのか、全然わからない。
好きか嫌いかで答えるなら、結構好き。
優しいしご飯は美味しいし、いい人だと思う。きっと「陽葵」に対しても優しくしてくれると思うと、この縁は切れない方がいいだろうと思う。
でも、やっぱりなんでも見透かしすぎるのでちょっと怖い。以前ほどじゃないけどしなくていい緊張をしてしまうし、調子が狂ってしまって、全然「陽葵」でいられない。これは大問題だ。
あと、「陽葵」じゃなくて「槙」が好き、とはっきりと言われてしまったのもよくない。基本的にきちんと陽葵として接してくれるし、あくまで親愛を込めて構ってくれているのがわかるから、普段は全然気にならないけど。ある時ふと「この人って俺のことが好きなんだ」って思って、なんだかとってもいたたまれない気持ちになってしまうのだ。
だからもういっそ突き放して逃げてしまいたい。でもやっぱり、一緒にいてくれた方がいろいろと助かるのも事実で。結局上手にこの人の前で「陽葵」でいられない私が悪いのかなあ、って落ち込んでしまう。

……ああ、それにしても。とても気持ちよさそうに寝ている。その姿を見ていると、どうしようもなくうずうずする。むずむずする。
ちょっと迷ってから、ぽすんと隣に座って、そろりそろりと先輩にもたれかかった。
(寝てる人、なんかぽかぽかして気持ちいいんだよね)
私は……「絢瀬陽葵」ではない「俺」は、人と一緒に寝るのが大好きである。
もう中学生だし、いつもは我慢できるけど、どーしても我慢できない時には姉さんにお願いして一緒に寝てもらったりするくらい好きだ。ぴったりくっついて、抱きしめてもらって、ぽんぽんと背中とか叩かれるとすっごい幸せ。
もちろん誰にでもしていいことじゃないって学んでいるけど、まあ、先輩ならいいでしょ。
子供っぽいことしてもなんでも可愛いって言ってくれるし、甘えたら嬉しそうにするし。先輩の好きな人は「陽葵」ではないと明言していて、頭を撫でたり手を繋いだり抱っこしたりはしても、本当にいやらしいことはしてこないので、きっとこれくらい問題ない。

私はもたれかかったままうっとりと目を閉じて、うーんと小さく唸る。なんかちょっと物足りない。もうちょっと体温がほしいというか、これじゃ眠れないというか。
いっそ勝手に膝を借りようかな。硬いって言うし、姉さんのそれよりは気持ち良くないだろうけど、安心感はありそう。でも今は抱っこしてほしい気分。いや、別に抱っこしてほしいなんて言わないけど。
そもそも今、変身とかしてないから陽葵の姿のままなので、先輩にその気がなくてもあんまり変なことはできない。したくない。先輩と陽葵が寄り添っている画面は私にとってものすごく嫌なことなのだ。うーんと悩んで、私はこっそりと魔法を使って変身した。

まあ、魔法少女も陽葵の一部であることは大前提だけど。少なくともぱっと見た限りでは別人だ。それに、この変身は見た目だけが変わるものじゃないと言うのはこれまでの経験でわかっている。
魔法少女の姿の時についた怪我は、陽葵の体には引き継がない。逆に、陽葵の時についた怪我も魔法少女の体には引き継がない。変身を解けば陽葵の怪我はそのまま残っているし、体自体が別のものになっているというか。陽葵とも違う、別の誰かの体を魔法少女として使っていることになるらしい。

詳しくは知らないけど、とりあえず、陽葵が先輩と仲良く寄り添っているというならないならなんでもいい。意識を失ったくらいじゃ変身も解けないし、当たったら痛そうな装飾は外したし、自分宛の言い訳の準備はこれでよし。
次は、と。起きそうになったらまた眠ってもらえるように魔導書は取り出したまま、そっとそおーっと先輩の腕を引く。少し開いた隙間に体を滑りこませて、よし。隣に抱き寄せられているような形に腕の中に納まって、いい感じ。
さっきより近くてあったかい。姉さんと違って柔らかくないけど、体が大きいからか安心する。
私が男の子のまま成長したらこれくらい大きくなれたかもしれないと思うと、こんな風にすっぽり収まれるのはきっと今だけだ。なら、それを堪能しておくのが一番いい。慣れない女の子も、慣れた女の子も、忘れられない男の子も忘れちゃった男の子も、考え出すと止まらないから。とりあえず今、私は、先輩にくっついて眠ることを気に入ったということで、この話はおしまいである。
それにしてもあったかくていいな。非常に満たされていくのを感じて、私もちょっとお昼寝しちゃおう、と目を閉じた。


しばらくして目を覚ました先輩が、驚きのあまり動かなくなってしまっているところを、姉さんの部屋から出てきたディンに見られるまであと十分。
彼らに起こされた後、思った以上に寝心地がよかったから、また一緒に寝たいなあって言って、正座してお説教をされるまであと数分。



2022年10月執筆

ごちゃ。