魔法少女は手放せなかった
私の名前は絢瀬陽葵。今年で八歳になるお姉さん。
あんまり身長は高くないけど、背の順で並んだ時にそこそこ真ん中の方にいるし。そこまでお勉強が得意なわけでもないけど、よく「みんなのお姉さんだね」って大人の人が褒めてくれるので、立派にお姉さんだ。
好きなものはハンバーグとお散歩。嫌いなものはパセリと算数。あ、あと、小さい動物とかも好き。頼られるとなんでも聞いちゃうなあって、たまに困ることもあるけど。誰かのために行動するのも結構好き。でも逆に、誰かにお願いするのは苦手かも。
……それから、誰にも内緒の秘密で、こっそりと魔法少女をやっている。
「ひまり!」
朝、学校に向かって歩いている時に、おはよう、とぱたぱたと走ってきたのは、幼馴染の姫野槙くんだ。
幼稚園からずっと一緒のお友達。とっても優しいけど、とってものんびり屋さんで、ちょっと泣き虫な男の子。特別にお家が近いわけでもないけど、気付けば一緒に遊んでいる、私の一番の仲良しさんだ。
槙は私のすぐ隣までくると、いつもみたいに自然と手を繋いでほわほわと笑う。今日も彼の手は熱い。それがなんだか嬉しくて、私もにこっと笑った。
彼はこうやって人にくっつくのが好きで、男女問わず、いろんな子によくくっついているところを見る。甘えん坊だよね、と学校でからかわれていた時は恥ずかしそうにもじもじしていたけど、私はとっても可愛いと思う。少なくとも、からかってきたり騒がしくしている他の男の子よりずっと好きだ。
この前国語の授業で読んだ本の中にあった、「木漏れ日のような人」という表現がぴったりだって、私はこっそりと思っている。いつも穏やかであたたかくって、誰かのために泣いて、ぎゅって、手を繋いでくれて。優しく零れるように笑う大事な幼馴染。
私が守ってあげなくちゃって、そういう気持ちになるのが、私にとっての槙だ。
「今日はいつもよりご機嫌だね」
「うん。あのね、前に言ってた、姉さんに会って来たんだ」
昨日の日曜日にパパと一緒に会って来たんだ、とうきうきとした様子で話すのは、確かこの間の木曜日に楽しみにしているんだと聞いた話だ。一緒に暮らしていないお姉さんと初めて会うんだ、と言って、どんなふうにお話したらいいかなあってそわそわしていたのを覚えている。
なんでお姉さんなのに一緒に暮らしていないのかは知らない。おうちの事情は人それぞれだって、私はちゃんと知っている。何せお姉さんなので。おうちで一人でお留守番できる子供なので、聞いてもいない。ただ、この様子からして楽しかったんだろうなっていうのはわかったから、私はにこにこと話の続きを問いかけた。
「槙のお姉さんって、なんかすっごい頭のいい人なんだよね」
「そう聞いてたけど……なんか、愉快なお姉さんだったよ」
ちょっとだけ困った顔をしているので、愉快、というより、変わった人、だったのだろう。
あまり詳しくは知らないけど、槙の一緒に暮らしていないお姉さんは、天才美少女としてあらゆる分野でいろんなことをしているらしい。テレビに出ているのを見て、すっごく可愛い人だなとは思ったけど。何を話していたかは覚えていない。でも天才ってちょっと不思議な人が多いって聞くし、そういうことなのかも。
「それからね、白くて小さな竜を連れてたんだ」
「竜を?」
「うん。一緒に暮らしてるんだって」
「珍しいね。でも一緒に暮らすくらいならすごく仲良しなんだろうな」
「みたい!」
にぱっと笑った顔が可愛くて、私もにこにこと笑う。
本当に、槙のお姉さんは不思議で、でもとても素敵な人らしい。
この島には小さな竜がたくさん暮らしている。
それは、ここで生まれ育った私たちにとっては当たり前のことだ。橋でつながっている本土にはいなくて、外に連れ出そうとすると見えなくなっちゃうらしくて、この島にしか存在しない生き物らしいけど。私たちにとっては、そこにいて当たり前の生き物だから、いまいちピンとこない。
竜、と呼ばれる。小さな生き物。姿かたちは様々だ。蛇みたいなのもいれば、魚みたいなのもいる。この島にしかいない理由とか、彼らの正体とかはよくわからない。一度学校の先生に聞いたことがあるけど、なんだか難しくてよくわからなかった。
ただ、今も道の隅っこの方にいるみたいに、道端でごろごろと気ままに過ごしている彼らは不思議な力を使うことができて、大きくなったら見えなくなるらしい。悪戯をして、小さな事件を起こす時なんかは危ないことも多い。だから、こうして地域猫と同じように島のあちこちにいるけど、誰かと一緒に暮らしたりはしないのだそうだ。
……でも、私は、前に大きな竜に会ったことがあるから。本当に見えなくなるものなのかなって、不思議な気持ちになる。
「それからね、魔法少女の話でも盛り上がったんだ」
「え、」
ひく、と少しだけ顔が引きつってしまったのは、許してほしい。槙も不思議そうに首を傾げたけれど、ぶんぶんと首を振ってなんでもないことをアピールする。
「魔法少女って、あの?」
「そう、最近噂の、あの」
こくんと力強くうなずいた槙に、私はまた頬がひきつるのがわかった。
最近噂の魔法少女。
小さな竜が不思議な力で起こす悪戯や事件を魔法で解決する、夢と希望に満ちた魔法少女。
あちこちで噂されては広まっている魔法少女とは何を隠そう、私のことである。
今から数か月前。私は大きな竜に出会った。
その竜にお願いされて、小さな竜の事件を解決するために魔導書という不思議な本をもらって、魔法少女になった。
これは事実だ。でも誰にも言っていない内緒のことだ。だって、アニメで見る魔法少女も正体は秘密にしているし、その方がなんかかっこいいので、誰にも内緒。変に噂されるのも面倒だしな、と判断してのことだけど、何故だか魔法少女の噂はこの町どころか、別の市にも伝わっているらしい。もうこの島全体に知られているとテレビで知った時はびっくりした。
誰が噂を流しているんだろう。だって、誰にも見られないようにこそこそと活動しているのに……とは、思うけど。まあだいたい目星はついている。
だって一人だけ、私が魔法少女であることを知っている人がいる。
竜の悪戯を止めようとすると、だいたい顔を合わせる人。私より大きいのに、私より子供みたいな男の人。きっとあの人が勝手に噂を流しているんだ。それ以外考えられない。
あの人のことは、良く知らない。小さな竜の事件にいつも関わってくる変な人。でも何故か嫌いになれなくて、会ってない時にも考えたりしてしまう、不思議な人。槙に思うように「守ってあげたい」という気持ちでも、他の友達に思うような気持ちとも違う、なんだかちょっと言葉にしがたい、変な気持ちになる人。
この間もからかってきたし、きっと私を困らせようとしてそんな噂を流しているのだろう。困る。でもきっと、次に会った時に「困るよ」って怒ったら、それはそれで楽しそうな笑顔を返してくるんだろうな。
その笑顔は、ちょっと見たいな。
「お姉さんくらいの人でも知ってるんだ」
「正体までは気にならなくても、なんかかっこいいよねーって」
「へ、へー……」
また頭の中をいっぱいにするあの人のことを追い出すみたいに無理やり話を続けてもらったら、なんだかきらきらとした目でそう答えられて気まずくなった。
だって、そのかっこいいって言っている相手、私だし。でも魔法少女になった理由って、あんまりかっこいいものじゃないし。大きな竜に頼まれたから、というだけで、なんかなんでもお願い事叶えてくれるらしいし、いいかな、って、結構適当に決めたことだから、なんだかそんなすごい人みたいに話されると、申し訳ない気持ちになる。
「槙も魔法少女が好きなの?」
「うん。陽葵みたいで、すっごくかっこいいなって思うよ」
そう、なんだか当然みたいに笑って答える槙に、正体がバレているみたいでドキッとしたけど、そっか、と答えた声は自分でもわかるくらい嬉しそうだった。
だって、槙にかっこいいって思われるのは、結構嬉しい。守ってあげたいなって思うこの幼馴染に、かっこよく見えているなら、嬉しい。私は可愛いより、かっこいいって言われる方が結構好きなのだ。可愛いももちろん嬉しいけど、私がなりたいのは槙を守れるような人だし、そっちの方が強そうでいい。
優しい、優しい、幼馴染。彼がかっこいいって言ってくれるなら、もう少し真面目に魔法少女をやってもいいかな、なんて思ってしまう。
言ったことはないけど、私、槙のことがすっごくすーっごく大好きなんだ。一緒にいてくれるだけで胸がぽかぽかして、勝手に笑っちゃう。だから私が守ってあげたいって思うし、ずっと隣で笑っていてほしい。
初恋なのか、と聞かれると、ちょっとわかんないけど。もしも槙が私のことを一番に好きじゃなかったとしても、きっと私は槙のことがずっと一番好きだと思う。もし他の人を好きになっても、きっと私の方が嬉しくなってしまうくらいに、彼が幸せになってくれたらいいなって思う。
だって、槙と一緒にいるとあったかい。いろんなものがキラキラして見える。笑ってくれたら、それだけでなんでもできる気がする。
みんなは何故か夢や希望を魔法少女に押し付けているけど、夢や希望に形があるなら、きっと槙の形をしているんだろうなって、私は思う。彼は男の子だから、「魔法少女」って呼び方は違う気がするけど。でもきっと、すごく似合うと思う。私みたいにお願いされたからじゃなくて、ちゃんと誰かのために魔法少女をすると思うもん。
だから、だから。
「しなないで……」
私の足元で動かなくなった槙に、ガタガタと体が震える。立っていられなくて彼の体に抱き着くけど、いつもみたいにあたたかくない。
私のせいだ。私のせいで槙が動かない。
なんでだろう。訪れた災厄を倒すのだって、すっごくすっごく痛かったのに。本当は「災厄」だなんて呼ばれてしまったあの子のことも助けたかったのに。それができなくて、苦しかったのに。それでも頑張ったのに、どうして君まで動かなくなるの。
私って、夢と希望の魔法少女なんでしょ。じゃあ、どうしてこんなに苦しいことばかりなの。だめだよ、だめ。死なないで。動いて。動いて。
ぱらりぱらりと魔導書のページが捲れる。
ひらりひらりと光の蝶が辺りを覆う。
きらりきらりと魔法の光が零れ落ちて、どこかで竜が鳴く声が聞こえて、体が痛い。痛いよ。でも泣かないから。泣いたりしないから。もう、最初にしたお願い事なんて、叶わなくていいから。私の全部をあげるから。
どうか槙を死なせないでください。代わりに私が死んだっていいです。大好きな人が誰もいなくなってしまうくらいなら構わない。もう嫌だ。だって私、ついさっき、大好きな人を傷付けたばかりだもん。そのうえで槙までいなくなるなんて耐えられない。このお願い事が彼を苦しめたっていい。私なんかより、君が生きている方が絶対にいい。
ページが捲れる。光が満ちる。蝶が羽ばたく。発動しようとしている魔法が何かは知らないけれど、彼が助かるならなんだっていい。
きっと、夢と希望に満ちたみんなの魔法少女は、こんなお願い事しないけど。
絢瀬陽葵は、他の誰より、君に生きていてほしいのだ。
2022年8月執筆