22-6

この町には、魔法少女がいる。
彼女がいるから俺たちはこの世界で生きていける。平和な世界は彼女の功績だ。彼女の戦いによって俺たちは今も平和に暮らしている。

魔法少女は光だ。
ひらひらとリボンをなびかせて、ふわりとスカートを翻して。愛らしさを詰め込んだような眩しい笑顔を振りまいては、魔法を使って俺たちを助けてくれる。

魔法少女は夢だ。
いろんな場所で彼女を見たけれど、誰も彼女の正体は知らない。一切の素性を隠し、魔法を振りまく彼女は夢幻の憧れであり、救いだった。

魔法少女は愛だ。
多くを助け、守り、魔法を操る彼女は、それでも人を惹きつけてやまない。 可愛くて、強くて、みんなに愛される素敵な魔法少女。

だから、魔法少女は負けたりしない。
だから、魔法少女はくじけない。
笑顔を振りまき、幸福を与え、前を向き続ける希望を体現する。

魔法少女は、
魔法少女は、


だから、彼女をかばって俺が死ぬ方が、世界にとっては正しいことなのだ。
『魔法少女速報! 今日は植物園に出現! 悪の組織が急成長させた植物に絡まれていた一般人を見事救ってみせたとのこと! 今回も例のイケメンくんはいたのか……!? 現在怒られない程度に調査中!』

「絡まれたままなのに端末ニュース見るとか余裕だなあ」
思わず零れたため息に、先輩はゆっくりと視線をこちらに向けた。腕も足もツタに絡めとられて、地面に足を着くことすらできないでいるはずの彼は、けれど相変わらず何を考えているのかわからない顔で、いっそリラックスしたような様子で手元に携帯端末を持っている。
いったいなんでそんな目に、と問われれば、今端末から流れたニュースの通りだ。いわゆる「悪の組織」なんて呼ばれている人たちと私こと魔法少女がいつものように小競り合いみたいなことをして、その時に一緒にいた先輩も巻き込まれて以上成長させられたツタにがんじがらめにされた。説明終わり。
いくら事件が解決したとはいえ、まだ体中に巻き付いているツタは解けていないのに。余裕がありすぎる先輩は、やっぱり平然とした様子でこてりと首を傾げた。
「もう何度も巻き込まれているから、これくらいでは動じなくなった」
「慣れないでくださいよ、もう」
確かに、彼はやたらと事件に巻き込まれるというか、向こうに変に気に入られて絡まれているというか。魔法少女の活動をしていると、高確率で先輩の救助をしているので、私もちょっと、慣れたけれど。怪我をしないためにも本人は慣れないでほしい。

私はもう一度ため息をついてから、彼の体に絡まったツタを魔法で一本ずつ解いていく作業に戻る。こういう細かい作業は苦手だ。いかんせん、この姿に似合うような派手な演出を意識してきたから、魔力の地味な使い方は慣れていない。
そもそも、他に捕まっていた人たちは太いツタ一本だけだったのに、なんでこの人だけこんなにがんじがらめにされているのだろう。おかげで他の人と同じようにさっさと解放してあげることができなくて、魔法少女のファンだとか記者の人たちが集まってしまったことを思い出して少しげんなりする。
休日の植物園という、そこそこに人がいる時間帯なのも悪かった。いくら魔法少女の存在が周知されているとはいえ、人が集まってアイドルみたいな扱いをされるのは本望ではない。しかも先輩は表情筋が死んでいるとはいえかなり顔が整っている。美少年と魔法少女という組み合わせに盛り上がる人も多いようで、やたらと注目を集めてしまった。
一応、無下に扱うこともできなくて。かといってこのままでは作業も追いつかないと、結局植物に絡まったままの先輩ごと、魔法少女の活動拠点という看板を掲げている「研究所」の地下に転移することになってしまった。一応、こういう時のためにと、責任者をしている姉さんには広い地下空間を用意してもらっていたけれど。まさか本当に活用することになるとは思わなかった。
私がここに来ていることは、姉さんにも伝わっているはずだから、この植物はあとで植物園に返していい問題ないか確認してもらおう。それから他に考えることってなんだっけ。陽葵が気にするのは後処理関係と怪我と、あとは、

「いつも思っていたんだが」
「ふぁ?」
「魔法少女、の次に名前が続いたりしないんだな」
考え事をしながら魔法を使っていたから、素っ頓狂な声が出てしまって慌てて口を閉じる。いや、陽葵はよくこういう声を出していたから、別にいいんだけど。五年間彼女のふりをしてきたけれど、自分がやるとちょっとだけ恥ずかしいのだ。
そんな私の小さな葛藤など気にせず、相変わらず淡々とした様子で問いかけてきた先輩の言葉を、ゆっくりと咀嚼する。名前。次に続く名前。つまりあれか、魔法少女なんとかちゃんとか、魔法少女なんとか☆なんとかみたいな、タイトルになりそうな名前は名乗らないのかとか、そういう話か。
「名乗るような機会、ないので……」
「それもそうだが。ここまでのコンテンツになると名乗ってもおかしくないのにな、と思って」
ツルから解放された先輩の足が、しっかりと地面についたのを確認してから次へと移る。ぱらぱらと魔導書がめくってから、そうですねえ、と首をひねった。
そういう提案は、確かに以前、姉さんから受けたことがある。五年以上この町で小競り合いをしている魔法少女と悪の組織は、もうすっかりこの町にとっての娯楽として根付いてしまった。私に見えないように活動してくれと、姉さんと関係者の人たちが呼びかけてくれているから知らないけど、私たちを題材にした漫画とかもあるらしい。
だから名前くらい用意するか、と聞かれたけれど。あの時と同じことを、私は答える。

「でも、私が決めるわけにはいかないし。陽葵が戻ってきたら、心機一転リニューアルってことで、改めて名乗ればいいんじゃないですか」
そうだ。「私」は魔法少女ではない。魔法少女なのはこの体の本来の持ち主である絢瀬陽葵だ。
五年前、事件に巻き込まれて死にかけていた「俺」を助けようとして、「俺」の意識を体に引き込んで、自分はどこかに行ってしまった、私の大切で特別な人。私はあくまで彼女のふりをしているだけの別人で、彼女が戻ってくるまでの代理。それなのに勝手に名乗るわけにはいかない。
「名乗り口上、どんな感じになるんだろ」
せっかくだからと想像して、ゆるりと頬が緩む。もともと正義のヒーローが好きだった子だ。きっと華やかながらもかっこいいものになるだろう。春が好きな子だから、春に因んだ名前になるかもしれない。ほわりと胸の内側があたたかくなるような笑顔で、高らかに名乗りを上げる彼女は立派な英雄だ。
……そうやって想像すると、やっぱりそんな彼女から、もう五年もの時を奪ってしまったことへの罪悪感で胸が重くなる。昔は男も女も関係ないような子供だったけど、今はどうしても男女で違うことも多いから、きっと苦労する。だからなるべく早く体を返したいのに、彼女の魂が今どこにいるのか、手掛かりすら見つからない。
それでもまだ、この世界のどこかにいることは間違いないはずなのだ。彼女に魔導書を授けたものはそう言っていた。だから必ず、この体を返すのだと、私はずっと信じて、走っている。

「……はい、腕も開放。胴体は太いの一本だから楽でいいですね。これで終わ……と?」
「あやせ」
自由になった両手が、すっとこちらに近付いてきた。距離が近い。でも決して触れ合うほどではないその距離に黙って彼を見上げれば、やんわりと、両頬がその大きな手に優しく包まれる。
じっとこちらを見つめる綺麗な目が、正直に言って苦手だった。このまっすぐな目は、些細なことも見逃してくれないから。全部、全部。姉さんにすら言っていないようなことまで全部、暴かれてしまうみたいで苦手、だ。
思わずぎゅっと両目を閉じてしまえば、私の「苦手」もちゃんとわかってしまったのだろう。小さい子供にするみたいに、むにむにと頬を揉んで、何もしないと言うように遊びだした。
……頭を撫でられたりするのはちょっと恥ずかしいし、いろいろと複雑だけど。こういう甘やかし方は、わりと好き。言わないけど。
「なんれすか」
「……いや。大切な人のために頑張れて、いい子だなと」
「なんですかそれ」
当たり前のことを急に褒められて、ぷすりと笑う。生きてるだけでなんでも褒めちゃう全肯定botみたいな人だと常々思っているから、今さら驚いたりしないけど。 でも素直に嬉しいなと表情を緩めると、先輩はじと、とした目で私を見下ろした。 「だが俺に対する思いやりが足りていないと常々思う」
「そん……いや、まあ、確かにちょっと、雑、かも」
今でこそ先輩ってそういう人だよなといろいろと慣れたけれど、魔法少女の正体どころか、私が「絢瀬陽葵」ではないことまで推測してみせた先輩に対して、警戒心や恐怖心がなかったわけではない。いったい何を要求されるのかとか、「陽葵なら絶対にしない」とわかっていても、いろいろと心配しては苦手意識を隠せなかった時もあった。
最近は、まあ。一周回って雑になった、と思う。先輩ならこれくらいいいでしょ、と甘えるみたいにつっけんどんな態度を取ってしまっていることも自覚していて、そのたびにお腹が苦しくなるのだ。
だって、陽葵なら絶対、こんな態度とらない。彼女も先輩と同じで、誰かの素敵なところばかり見て、いつも無警戒に笑顔で受け入れる子だった。お人よしで一度決めたことは曲げなくて、「俺」の手を引いて前を歩くような彼女なら、きっと先輩にだって警戒しないし、すぐに懐いて、遠慮なく甘えていただろう。

この人に対してだけ、いつも上手に陽葵ができない。だいぶ悔しい。
思わず黙っていれば、するりと二つに結んだ髪に指を通されるのがわかる。指先で軽く撫でて、それから先輩は、ほんの少しだけ目を細めた。
「触れても?」
「もう触ってるようなもんでしょ」
べたべたと遠慮なく触ってくるようで、意外にも細かくお伺いを立てる先輩は、その言葉にそれはそうだが、と口ごもる。表情は変わっていないけれど、たぶん困った顔をしている。たぶん。照れているかもしれない。わかるようで、よくわからない。
ただ一応、お許しを得た、と判断したのか、変身しているせいで長い髪に指を滑らせる。やがて長い髪の毛の先にたどり着くと、うやうやしく持ち上げて、その毛先に漫画の世界みたいに唇を寄せてきた。
わりと。わりと、こういう触れ方はしょっちゅうされるので。相変わらず気障だなあ、とぼんやり思うだけで終わるのは、はたしていいことなのか悪いことなのか。ただじっと先輩の動きを目で追っていれば、彼はまた、ほんの少しだけ目を細める……これは、表情筋がほとんど動かない彼にとって、最大限の笑み、だ。
「どうか、「君」のことが好きな俺のために。そこは、二人で魔法少女を名乗るようになってから決める、くらい言ってほしい」
追加戦士とか王道だろう、と続く言葉に、上手な切り返しが思いつかなくて眉を下げる。
そりゃあ、私だって、また陽葵と一緒に遊びたいし、一緒にいたい。これまであったいろんなことを直接話したいし、一緒に魔法少女をするのも、きっと楽しい。
でも。無理だ。だって私は、陽葵の体を使っているだけの別人で、もとの体はもう死んでしまったんだから。
「……魔法でどうにかなったらいいですね」
「どうにかしてくれ。魔法少女だろう」
「無茶ぶりだぁ」
どうせ、私がどんな気持ちになっているかなんて、敏い先輩にはバレバレなんだろうけど。きっとわかっていて、それでも、と言ってくれた夢なんだろうけれど。溢れそうなものは全部なんとか飲み込んで、へらりと笑う。

あの時、本当に死んだってよかったんだ。それで彼女が生きてくれるなら、本当にそれが正しいことだと信じていた。
でもきっと、今はもう上手に死ねないだろう。残される痛みを知ってしまったし、世界に特別な人がたった一人だけ存在しているわけではないと知ってしまった。
(でも「俺」のままだったら、先輩は本当にここまで優しくしてくれたかな)
先輩は「俺」に何度も助けられたと言う。魔法少女でも「私」でもなく、「俺」に何度も命を救われたのだと。
でも思い当たるようなことなんて何もないし、きっと勘違いだ。実際に彼を助けた絢瀬陽葵と魔法少女が同じ人物だとわかって、ならあれもこれも、と思い込んでしまっただけなのだ。きっとそう。もう「俺」を知っているのなんて姉さんしかいないし、元の体が死んでしまったことも知っているから、正解がわからないだけ。
それが、ちょっとだけ。ううん、すごく、寂しいなって、今さら思ってもだめだ。あの日死んでしまった子供は、もう一生、一番は彼女に捧げると覚悟を決めたのだから。何もなかった未来でも、先輩に優しくしてほしかったなとか、思うだけ無駄なのだ。
私は先輩に絡んでいた最後のツルを解いて、そんな素敵な魔法があればいいですねと適当に答えた。



2022年6月執筆

ごちゃ。