22-5-2
俺の後輩は、巷で人気の魔法少女である。
五年前に突然現れた「悪の組織」となにやら戦いを繰り返しているらしい愛らしい少女。春のような笑顔とあたたかな魔法で俺たちを守ってくれた英雄。物語の中にしか存在しないはずの、本物の夢と希望。
正直、物語の外野である一般市民の立場からしてみれば、彼女が敵と何を争っているのかよくわかっていないのだけれど。初登場から五年も経てば、すっかり娯楽として浸透してしまうくらいに順応性が高いのがこの町の住人の特徴だった。
今では彼女たちを題材にしたグッズやら何やらがこっそりと流通していたり、彼女の活躍を追う動画だって、あちこちに当然のように存在している。もういっそ管理する運営が必要だと、公式の団体が魔法少女と悪の組織両方の側で生まれたくらいには、この町では当たり前の存在になってしまった。
そんな、いわばこの町の有名人。
みんなの憧れで、みんなの娘のような、巷で人気の魔法少女。
それが、今目の前で俺の作ったお手製のオムライスを美味しそうに頬張る絢瀬陽葵あやせひまりの、もう一つの顔である。
「先輩って、たまにトンチキなことしますけど、ご飯も美味しいし姉さんが帰ってくるまで家に入れさせてくれるし、やっぱり優しいですよね」
にこにこ。にこにこ。それはそれは嬉しそうにオムライスを食べる彼女は、今にも踊り出しそうなくらいに上機嫌だ。つい先ほどまで、家の鍵を忘れてしまったと落ち込みながら公園のブランコを揺らしていたとはとても思えない。
そもそも家の鍵なんて、魔法を使えば関係ないだろうに。頼りすぎもよくないんですよと言っては、変身した時以外は魔法を絶対に使おうとしないのだから律儀だ。もちろん、たまにトンチキなことをする、という感想がついてしまっているところも含めての感想である。
「もちろん、デザートも用意してあるぞ。つい最近リンゴをもらったから、アップルパイを作ったんだ。好きだっただろう?」
「ま、まって、そんなに至れり尽くせりしないで……」
でも食べます、と言って手を差し出してくるところは実に素直で可愛い。思わず頭を撫でたくなるが、髪型が崩れるから嫌だと常々言われているので我慢だ。代わりに冷蔵庫に入れておいたアップルパイを持ってきて、再び表情を明るくする彼女を眺める。
作ったものをおいしそうに食べてもらえるのは素直に嬉しい。だからついつい見つめてしまうのだが、あまり見られると恥ずかしがる人がほとんどだ。だから彼女も当然のようにむずむずと居心地悪そうに体を揺らしだして、やがてじとりとこちらを睨んできた。
「あんまりじっと見られると恥ずかしいんですけど」
「すまない。可愛くてつい」
「そりゃあ、ひまりは可愛いですけど」
けろりと答える彼女に、俺もそうだなとうなずく。ここで謙遜するような子ではないのだ。というか、基本的に「彼女」自身のことについて褒められると彼女は当然の顔で受け入れる。
そのせいでやたらと自己肯定力が高いと思われているが、それは単純に、「自分も陽葵に対して同じように思っている」からそう答えているだけだと気付いたのは、はたしていつのことだったか。
彼女の「陽葵」という存在に一線を引いているような態度を見て、もしかしたら彼女は「陽葵」であるようにふるまっているだけで、実際は他人のように認識しているのではないか、なんて。最初に思った時は自分でも何をと思ったけれど、結果的には事実だったのだから、自分の洞察力には自信しかない。
「……あやせ」
「ぅん?」
フォークをくわえたところで声をかけたせいで、少し間抜けな声が返ってくる。きょとんとこちらを見る様子は幼い子供のようで、ぽわ、と胸の内側に春が来たみたいに暖かくなった。
きっと、俺の表情筋がもっと素直に動くなら、だらしない顔をしていたことだろう。でも実際には、ほんの少し口角を上げるくらいにしか動いてくれない。それでも、その小さな変化に気付いてくれるくらいには親しくなった彼女が、なんかご機嫌ですね、と言ってくれるから。ぽわりぽわりと、体が宙に浮かぶような感覚を覚えてしまう。
「このままうちの子になってもいいぞ」
「なりません」
「そうか……」
ばっさりと笑顔で切り捨てられて、浮足立った気持ちが少しだけ落ちる。
でもこれくらいではめげない。普段は人当たりがよくお人好しで、いつもいろんなことを巻き込まれているくせに意志ばっかり強く頑固なところのある彼女を。俺がいろいろと秘密を知っているせいか、他に比べてつっけんどんな態度をしてくる彼女を。うんと大事にしてうんと甘やかして、おはようからおやすみまでお世話をしてあげたい欲求は、この程度では揺るがないのだ。
お前の愛は重すぎるから気をつけろと言ったのは、友人だったか家族だったか。どちらともかもしれない。でも初めて出会った時に決めてしまったのだ。自分を助けてくれたこの人間に、何もかも全部あげたいと思ってしまったのだ。これくらいで心変わりなんてするはずがない。
まだ、本当の名前を呼ぶことは許してもらえないけれど。じわじわと許される範囲を広げていく今も、そう悪くない。……さすがに、それを正直に言えば、気持ち悪がられるかもしれないので、言わないけれど。
「あの日抱きとめてくれたように、俺の気持ちも受け止めてくれたらいいのに」
「私はあの日先輩を抱きとめたせいで正体ばれしたので、もう嫌ですね」
お姫様抱っこソムリエがいるなんて聞いてなかった、と笑う彼女は、未だに俺が魔法少女の正体を看破した理由が「お姫様抱っこされたときの感触」であったことを根に持っているらしい。どうせならもっとかっこいい理由で正体バレしたかった、という気持ちもわからないでもないので俺も黙った。
でも彼女は俺がまたどこかから落ちれば抱きとめてくれるのだろう。絢瀬陽葵がそういう人間だから、どれだけ俺本人を警戒しようと、俺の欲求を迷惑だと思おうと、彼女は手を伸ばさずにいられないのだ。その間に甘やかされることを覚えて、甘えてくれるようになってくれたらいい。
甘やかすどころか好意に甘えている。それどころか弱みにつけこんでいることを自覚しつつ。頬についたパイの切れ端をハンカチでそっと拭ってやった。
2022年5月執筆