生きててよかった!


「はとり!生きててよかった!」
「うん、普通に仕事行って戻ってきただけだし。ただいま」
「はとりがちゃんと帰ってきてくれて嬉しい」
「そんなに?なんで?」

家に帰って、扉を開けた瞬間名前が腰に飛びついてきたから驚いた。だいたいいつもどんな時だってこうして出迎えてはくれるんだけど、こんなに熱烈に出迎えてもらったことはない。なんだっけ。今日何かの記念日とかだっけ。まずい。他の女の子の記念日はいくつか思い浮かぶけど名前との特別な予定が何も出てこない。生死を心配してくれてるから、俺が危ない目にあった日…?そんなのわざわざ報告してたっけ…?

「えーと、名前、今日って特別な日だっけ?」
「うん。今日私の推しがメインの回放送するから絶対観る」
「いや、そういうことじゃなくて」
「あ、特別っていうか、今日会社の昼食で数量限定のオムライス食べれた!」
「ああ、うん。それはよかったね」
「おいしかったよ!はとりも今度食べに来て欲しい」
「人の会社の社食に?」

オムライスがどうおいしかったか話し出す名前の顔は幸せそうに緩んでるし、俺の胸に甘えるように頭をすり寄せるその行為も可愛いから、まあ生死を心配されるくらい別にいいんだけど。
まるい頭をあやすように撫でると、くすぐったそうに目を細めて笑うから、もしかしたら名前なりに甘えたかっただけかもしれない。誘い方がひどすぎてわからなかった。
なんだかまだ腑に落ちない感じはあるけど、頭を撫でていた手を滑らせてその細い首元に触れる。途端に顔を赤くした名前がサッっと目を伏せるから「今日は二人でゆっくりしようか?」と駄目押しで耳元で囁いたら本当に小さく頷いた。柄にもなく、嬉しいような逸るような気持ちがこみ上げてくる。可愛い。

情報屋なんてやってるからまあいつ誰に殺されたって全く不思議ではないし、そういう心配をされるのも鬱陶しくて嫌だったんだけど。

「ねえ、名前は俺が死んだら嫌?」
「嫌っていうか、はとりがいないとさみしいよ」

当たり前のことみたいに言われたその言葉がストンと心に落ちてくる。こんな感傷的なこと、revelのみんなに言われたって絶対に多少は鬱陶しいと思うようなことなのに。俺がいなくなったあとの名前が容易に想像できる。でも、今の刺激的で楽しい生活を改める気にはなれない。

「今日、はとりが帰ってきたの見てなんかほんとよかったと思って…生きてるって素晴らしいよね」
「…あのさ、さっきからずっと思ってたんだけど何かあったの?」
「うん…今日ね、仕事早く終わったからずっと映画観てたんだけどね」
「ん?」
「あのさ、じわじわゾンビが増えるの…」
「は?」
「だから!街の片隅とかで急にゾンビになってさ、噛まれると発症するんだよ!あれ、ほら、パンデミックだよはとり!」
「パンデミックはいいけど…」
「今まで閉じこもって観てたから、あれ、これもしかして現実とかだったらどうしようって思ってはとりにたくさんメールしたんだけど」
「あ〜、待って、なんとなくわかったからもう説明してくれなくていいよ」
「返事待ってる間に、まさか現実じゃないよな〜って思ってる時と現実だったらはとりがやばいって思ってる時の」
「やばいって思ってる時に俺が帰ってきたのか…」
「うん。でもよく考えたら映画は映画だし」

生きてることの大切さだけ胸にしまうよ、とさっきまでしおらしくうつむいていた名前が、晴れ晴れとした顔をしてるのが無性に腹がたつ。こんなに心配してくれる子がいるのに自分のために情報屋をやめる気がないなんてひどいやつだな、とか一瞬でも考えた俺がバカだった。本当に柄でもない。
「で、ゆっくりするんだっけ?」と嬉しそうにまたすり寄ってきた名前の頬を両側から思い切り引っ張って、ゆっくりはさせてあげられないけど、と微笑んだ。途端に焦った顔をして、伸ばされた口で猛抗議しているけど、残念。全然わからないから。