理鶯に助けられる


友達からよく「名前は深く考えないのにやたら行動力があるから変な男ばかり掴むことになる」と言われてきて、まさにその通りだった。付き合った男が暴力を振るってきたり、ヒモだったり、君を殺して俺も死ぬ!なんて首に手をかけられた時はさすがに反省したけど。
でも、最後に付き合った人はそんな人ではなかった。暴力も振るわないしお金を請求されることもなかったし、殺されそうになることなんてもちろんない。ふつうのどこにでもいそうな、少しおっとりした感じの優しい人。いっしょに暮らしてだいぶ経って、もしかしてそろそろ結婚か?なんて友達にニヤニヤされてそうなったらいいな〜なんて熱くなった顔を冷ますように手であおいで、私はこれで幸せになれるんだと信じて疑ってなかった。



「よお、姉ちゃん。こんなとこでどうしたんだよ〜?」
「もしかして置いてかれちゃったのかなぁ?こんなとこで置いてかれてかわいそうにな」
「俺たちが街まで乗っけてってやろうか〜?」
「街のホテルまでだけど!」

ギャハハと汚い声で笑う怖い顔のお兄さんたちは、森のそばを歩いている私をからかうように並走しているだけだったんだけど、マズイと思っているうちに車から降りてきて私を取り囲んでいる。マズイ。ヤバイ。

「別に置いてかれてないです、歩いてただけなので結構です」
「なんでこんなとこ歩いてんだよ?嘘ついてんじゃねーよ」
「歩いてヨコハマ一周するって決めたんです」
「は?」
「長いこと付き合った彼氏に浮気されて振られて死のうと思ったけどそれも腹たつんで会社休んでヨコハマ歩いて一周してやろうと思って歩いてただけですけど?!嘘じゃないですけど?!嘘であって欲しいですけど!?」
「お、おお…なんかヤベエなこいつ…」
「顔はカワイイのにもったいねーな…」

私を取り囲んでいた男の人たちが引きつったような顔をして少し間を空ける。助かったけどなんかすごく腑に落ちない。あの浮気男のこと思い出したらまた腹が立ってきたし。問い詰めたら私とほぼ同じ時期に相手の女の子とも付き合い始めたの未だにゆるせないから。おこってるから。あとふつうに悲しい。
滲みそうになる涙をこらえていると、突然腕を掴まれる。諦めたものと思っていたチンピラたちがいつの間にか立ち直って、私を車に乗せようとぐいぐいと腕を引っ張る。

「ちょっといたい!やめてよ!」
「あ〜うるっせぇな、俺たちが慰めてやるって。な?」
「結構です!一人で立ち直れます!」
「お姉ちゃんさあ、あんまりうるさいと痛い目に遭っちゃうよ?」
「やってみれば?DV男とも付き合ってたから慣れてるけどねーだ!」
「お前ほんと残念だな…」
「まあでもうるさいし、落として連れてっちゃおうぜ」

後ろにいた男が小さく息を吸う音が聞こえる、ヤバイ。ほんとにヤバイ。どうしようやっぱりこわい。咄嗟に頭を抱えてすぐにくるであろう衝撃に備えたけど、私は痛い思いもせず意識も失わず、ただ男の鈍い悲鳴が耳に届いただけだった。
そっと目を開けると、驚いたような表情をした男たちが私の後ろを凝視している。つられて振り向いてみると、迷彩服を着た、やたら背の高い男の人が倒れたチンピラに銃を向けてこちらを警戒していた。え、なにこれ。銃?...銃?!

「動くな。お前たち、なにをしている」

低いその声は穏やかなんだけど、全く隙なんてないのが喧嘩とか素人の私でもわかった。耳が痛いほどに静まり返ったその場で、男の人がゆっくりと目を動かす。こわい。銃を持ってるからとかそういうことじゃなくて、何のためらいもないその訓練された目がこわい。やっと、いまさらに足が震えてきた。
場を伺っていた男の人と、視線が合う。膝からふっと力が抜けて、その場にへたり込んだ私が合図のように、チンピラたちは倒れている仲間を担いで慌てて車に乗り込んで走り去っていく。あの車に乗っていっしょにこの場を去ったほうが良かったのかどうか、考えてしまう。でも、足が震えすぎて立てない。なんか、どうしよう、足の感覚がない…。

「おい、大丈夫か?」
「ひえ…だ、だいじょうぶ!です!だいじょうぶですので…!」
「あまり大丈夫そうには見えないが」
「お、おきづかい、お気遣いなく…すぐ、あの、かえります。ありがとうございます…」

慌てて立ち上がろうとしたけど、やっぱりぜんぜん力なんて入らない。頑張って何度か立ち上がろうとしたけどとても無理そうだったから、這ってでも街に帰ろうと手で地面を掴む。爪の中に土が入り込んで気持ち悪い。土掴んだのなんて何年ぶりだろう。
ふう、とため息が聞こえたと思ったら目の前に迷彩柄が広がっていた。さっきの男の人がしゃがんで、私に背中を見せている。「乗れ」とだけ短く言われたけどこの状況と言葉が全く繋がらない。乗れって。乗れってどこに。

「そんな腰が抜けた状態でどこに帰れるんだ。おぶってやるから、小官のテントで休んでいくといい」
「い、いえいえいえいえいえ!えーと、助けていただいて…?その上ご迷惑をかけるなんて」
「迷惑ではない。困ったものがいれば助けるのが軍人だ」
「え、軍…?軍って解体されたんじゃ…?」
「再興されると信じている」

シンとした、何の感情も含まないその声にこれが聞いてはいけないことだとすぐにわかった。感覚のない足だけど、細かく震えているのが見て取れて、ああ、こわいんだなあと実感する。あのチンピラたちから助けてくれたから悪い人ではなさそうだけど、いい人かとも決めきれない。こわいし。どうしよう。
いつまでもどうすればいいのか決めかねている私に、また一つ短いため息を吐いた男の人は、腕を取って無理やり担ごうとしたからびっくりしたのとこわいのでつい悲鳴をあげてしまった。嫌そうに顔を顰める男の人にまた胃のあたりが縮こまる。

「耳元で叫ぶな」
「ご、ごめ、なさ…いや、びっくりして、あの、」
「おぶってやると言ってるだろう」
「い、いいいいいいいいいです!いい!です!」
「なぜそんなに頑なに拒むんだ?お前はそこでいったいどうするつもりなんだ」
「あの、どうするつもりかといえば、あの、ど、どうしよう…」
「…休んでいけ。お茶くらい出す」
「お、お茶…」
「小官のブレンドしたお茶だ。きっと気分も落ち着く」
「は、はい…」

なんだか日常の会話みたいなものに気が抜けて、つい頷いてしまった。でもなんとなくいい人っぽいしたぶんだいじょうぶ…。だいじょうぶなはず…。お茶をブレンドするような繊細な人にきっと悪い人はいないはず…。悪い人だとしてもそんなにそこまで悪い人じゃないはず…。
意を決して男の人の広い背中に「おじゃまします…」と上半身を預ける。手を首に回して、さあ立ち上がるぞ、と足に手が添えられた時今度はこの体制がものすごく恥ずかしくなってまた叫んでしまった。男の人はやっぱり顔を顰めて、今度という今度はなんだか怒っているように見える。いや、さすがにこんなの私でも怒る。怒るけど。

「ま、待って待って待って待って待って」
「なんなんだお前はさっきから。耳元で叫ぶな」
「ご、ごめんなさい、いや、なんか、あの」
「言いたいことははっきり言え」
「思ったより、は、恥ずかしかった…」
「恥ずかしい?何がだ?」
「え…。その、いろいろと…」
「どうすればいいんだ…」

頭を抱えてしまった男の人に何だかこっちが申し訳なくなる。いい人か悪い人かわからないけど、私を助けてくれたことは確かだもんね…。休ませてくれるし、お茶も飲ませてくれるらしいし。
「米俵だと思って担いでいただけると嬉しいです」と伝えたら、ああ、と納得したようにその通りにしてくれたから、怖いけど悪い人なんかじゃないのかも。「女の考えることはよくわからん」とつぶやいた男の人に、ごめんなさいと心から謝った。