海 そのくせ



そのくせ大人だからと愛を語る

11
「だから、そうじゃないって言ってるじゃん」
「ええ、だってこっちが6xだからさあ」
「その6xは関係ないんだってば。山岳が気にするのはこっちのy」
「なんで?」
「だからっ」

熱が入りすぎた名前さんが声を荒げた瞬間、堪り兼ねた司書さんがわざとらしく咳払いをする。それを聞いて名前さんは、ものすごく罰が悪そうにしゅんと項垂れて声を和らげる。もう図書室に来て何回目のことだろうか。

何度目か覚えていられない程繰り返した攻防の矛先は、ついに俺へと向かう。テレビを見るように、毎度毎度怒られる名前さんを見ていただけなのが悪かったのか。声は柔らかく丁寧に静かになっているものの、名前さんの目線は鋭い。ほとんど睨みつけるようにして俺を見ている。こわい。

「で、だからこうなるの、わかる?」
「ううん?」
「わかる?」
「あんまり」
「わかる?」
「はっきり言って、全然」

もう怒る気力もなくなったのか、名前さんから体の力が抜ける。はああ、なっがい溜息を吐いて、いつも俺が名前さんの勉強終わりを待ってる時みたいに、くたりと机に頬をつける。
髪の毛がサラサラとノートの上に散らばる。細い糸みたいな髪の毛の隙間から、数式が顔を覗かせる。勉強教えてって言ったのは俺だけど、名前さんは意外に頭に血が上りやすいというか、はっきりいって全然優しくなかった。荒北さんタイプだ。

「名前さん、オレがんばるからもう一回教えて」

頬を机にぺったりとつけたまま、目線だけ俺に寄越す。半分しか開いていない目は、しばらく俺を値踏みするように見たと思ったら、閉じた。代わりに「もうむり」と口が開いたっきり全ての機能を停止したかのように動かない。名前さん、頭を小突いてみると、だいぶ嫌そうに唸られた。

12
この狭いコンビニの、さらに狭い陳列棚に長々と座り込む名前さんは、もしかしたらすごく邪魔なんじゃないのか。うんうん唸りながらあっちの商品こっちの商品とふらふらする手は妙に力強い。勉強してるときの、名前さんの手だ。
あの散々な勉強会のあと、「山岳のせいで疲れたから甘いものを買ってください」とコンビニに連れ込まれた。なんだか、あの喧嘩以来少しだけ傍若無人になったような気がしなくもない。

「山岳、チョコとポテトチップスどっちがいい?」
「甘いものなんじゃないの?」
「そうなんだけどね、塩分もとりたい」
「たいして運動してないから取らなくていいんじゃない」

それもそうか、と至極納得したとばかりに名前さんはポテトチップスを棚に戻す。ガサガサ音のする袋をそっと棚に押し込んで、なんだか考え事をしているなと思ったら「たいして運動もしてないって、ひどい」、独り言のように呟いて静かに喉の奥を震わせる。甘やかに変化するその目尻が俺の影響だと思うと、たまらないような気持ちになる。

「名前さん」
「ん?」
「手、繋ごうよ」

えっ、目をまんまるにした名前さんは一気に挙動不審になる。キョロキョロと周りを見渡したかと思うともう一度俺の顔に視線を戻して、声をひそめる。「ここで?」訝しげに尋ねるその表情はものすごく誤解を生みそうだからやめてほしい。
いつもなら、嬉しそうに俺の手を取ってくれるのに、逆に手を背中の方へ回してしまう。絶対嫌だ、というように。でも、それが前のときのような拒否でないことは、目元が恥ずかしそうに赤らんでいることだけで充分だ。

「今、繋ぎたいな」
「わたし、いや、だってここコンビニだよ」
「知ってる」
「人がいる!」
「うん」
「そんな、そんな、ラブラブみたいなこと、むり」
「ラブラブなんじゃないの?オレたち」
「お、おとなはそんなことしないよ」
「オレ、まだ子供だもん」

名前さんが何か言う前に、軽く抱きしめるようにして背中に回っていた手を取る。抱きしめたのは初めてじゃないけど、不意打ちで固まっていた名前さんは、今までで一番小さく感じた。
「都合のいい時だけ、子供になる」納得いかないととばかりに呟かれたその言葉に、お互いさまだよねと返すとカチンコチンに強張っていた手首の力がくたりと抜けたのがわかった。