02▼ここがわたしのよわいところです

白球が、澄み渡る青空に大きなアーチを描く。
「山本ォー……」
非難するように投手が上げる声と共に、黄色い声がわっと上がった。
「キャアアアアアア武素敵ー!!」
額に山本命と書かれた鉢巻きをした女子達が、跳びはねて口々に叫ぶ。
野球ボールがホームへ送られる頃には、山本は既にチームのメンバーとハイタッチしていた。その少し後に、授業終了を知らせるチャイムが、グラウンドに響き渡る。
次のクラスも使用するので片付けなくてもよいと教師に言われていた彼らは、思い思いに話をしながら、教室へと足を向ける。
山本に駆け寄ろうとしたファンクラブのメンバーの横を、すっと人影がすり抜けた。
「武」
透き通った宝石のような声が、その名を呼んだ。
クラスメイトと談笑していた山本は、声の主を見てぱっと笑顔を浮かべた。
「おっ、お疲れ美月!」
彼に名前を呼ばれ、ぬばたまの黒い瞳が、嬉しそうに細められた。淡く色づいた唇が、美しく弧を描く。
「美月ちゃん、ほんとに美人さんだよねー」
「いいなあ、あたしも武の幼馴染なら良かったのに!」
「宮内さん、山本くんにべったりよね」
それを見つめていた山本ファンクラブの面々は、口々に呟いた。
宮内美月は、並盛中内でも有名な存在だった。
烏の濡れ羽のような美しい黒髪と同色の瞳を持つ彼女は、恐ろしく美しい少女だった。肌は透けるように白く、頬が仄かに色づくと、その赤がよく映える。まだあどけなさを残す面影には、彼女が目を伏せて静かに微笑むと、一転して、中学生になって間もないとは思えない程の色香のようなものが漂う。
はかなげでどこか危うい美貌と雰囲気を持つ彼女が、校内でこれほどまでに有名になっのには、しかしその美貌以外に、理由があった。
それが、彼女が唯一、太陽に向いて咲く向日葵のような、満面の笑顔を向ける相手である山本だった。一年生で野球部のスタメンに選ばれている彼は爽やかで、誰にでも分け隔てなく接する好青年だった。容姿も整っていてスポーツ万能であることも、彼の人望に一役買っている。
美月は、彼の幼馴染だった。人が集まる彼の隣に居ることも、美月が一層人目を引くようになった大きな一因だ。
「ホームラン、すごかったよ」
山本を見上げて、美月は言葉を紡いだ。その瞳は、今にもとろけだしそうだった。彼女が山本だけに見せる瞳だ。
「ハハ、サンキュな!」
いつものようにニカッと笑って、山本は美月の頭に手を乗せる。美月の頬が、花が綻ぶように染まった。
ぽんぽんと彼女の頭を叩いてすぐに離れていく大きな手を名残惜しそうに目で追いかけながら、美月は言った。
「武は本当に野球が好きだよね」
「おう!」
山本は、本日一番の、満面の笑顔を浮かべた。
眩しいものを見るように、美月の瞳がゆっくり溶けていく。その彼女の表情が、その唇を果実より甘いものに変える。山本の隣にいた男子が、本人も知らぬ内に喉を鳴らした。
「わたしも、武のする野球が」
チョコレートにとけだす苺のように、甘美な声が空気にじわりと送り出される。
もう何年も変わらない。
「大好き」
瞳の奥底に閉じ込めた狂気が叫ぶ。
ねえたけし、わたしとやきゅうなら、どっちのほうがすきかなあ?


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