一、意味があるんだ
空を裂いて、手裏剣が木々の間を走る。
一瞬で目前まで迫ったそれを、桜子は右手のクナイで弾いた。
左手ですぐさま、木々の向こうの人影へ寸釘を放つ。
影はそれを上手く避けたようだ。桜子は移動をやめ、木の影へ隠れる。
罠を仕掛けた地点へ、桜子は確実に近づいていた。追い詰めている相手は、幸いにも未だそれに気づいていない。
最後の一手を、どう違和感無く詰めようか。
桜子は、ゆっくりと目を閉じる。
と、甲高い笛の音が、彼女の耳を貫いた。桜子は思わず、大きく体を揺らす。
「実習は終了でーす!!」
何処からともなく聞こえてきた山本シナ先生の声に、桜子は肩の力を抜いた。
懐から、戦利品を取り出す。札は三枚だ。最後にもう一枚手に入らなかったのを残念に思ったが、仕方がない。桜子は、山本の元へ報告に行こうと足を踏み出す。
「桜子ー! ま、待ってー!!」
桜子は、その足を止めた。振り返る。
髪がまだ短かった頃から寝食を共にしてきた友人が、こちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
「チヨ子」
桜子は目を瞬く。
チヨ子は桜子の元へ辿り着くや否や、彼女の手をしっかりと握って、元来た道を戻り始めた。
「な、何?」
桜子はチヨ子に呼び掛ける。
「罠を外してほしくて」
チヨ子は、前を向いたまま答えた。最近町で買ったのだという髪紐が、揺れている。
「え、私の?」
「えーっと……あたしの」
「……何を引っ掛けたの?」
「あ、あははー」
笑ってごまかすのは、チヨ子の幼い頃からの十八番だった。
桜子は苦笑を零す。一つため息をついて、彼女はチヨ子の隣に並んだ。
「桜子様……!!」
「……今度、二年生の子達が"普通の"お団子を作ってきてくれるらしいんだけど」
「よかったねー……冗談だよ貰います! 半分貰うから!!」
チヨ子が仕掛けた複雑な罠の奥で、円らな瞳が桜子を見つめていた。
桜子は、じとりとチヨ子を見る。
「チヨ子の罠の腕って、私達の誰より優秀だよね」
「わーい! ありがとう!」
「本人が外せたら、だけど」
チヨ子は苦笑いして、桜子から目を逸らした。
桜子は改めて、立派な罠に目をやる。恐らく、解除には一刻以上かかる。
桜子は三枚の札を取り出して、チヨ子へと手渡した。
「山本シナ先生に、事情を伝えてくれる?」
「了解! ありがと、桜子」
「ご飯は先に食べててね」
「あは、そんなかかるんだ」
「作ったのはチヨ子だよ……」
チヨ子はぺろっと舌を出してみせてから、学園へと走り出した。木々の向こうへ消えていくチヨ子の後ろ姿を、桜子は見送った。
一つ息を吐いてから、桜子は罠と対峙する。子狸が、桜子に縋るようにか細く鳴いた。
怪我をしているかもしれない、と桜子は思った。
彼女は慎重に、指先を罠へと伸ばした。
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