十、微温湯


集合場所まで桜子が辿り着いた時、同じタイミングで、別の方向から竹谷も姿を表した。
お互いに一人であることを確認し、桜子と竹谷は苦笑する。
「だめだ、どこに行ったのか全く掴めない」
心底困り果てた様子の竹谷に、桜子は肩を落として頷いた。
「私の方も、足掛かりすら一つも見当たらないよ」
「あとは、富松が何か掴んできてくれればいいんだが……」
竹谷がため息を吐いた。
桜子は、その隣で、ちらりと木々の生い茂る森に目をやった。富松の気配は、まだ無い。
足を負傷している子狸の様子を身終えたすぐ後だった。
快方へ向かう子狸のことを話しながら、竹谷と連れ立って歩いていた桜子は、二人を呼ぶ声に足を止めた。
竹谷と共に振り返ると、涙目の富松が二人を見上げていた。
桜子は目を丸くした。隣の竹谷が、慌てて彼に声を掛ける。
「三年ろ組の富松作兵衛! 一体どうしたんだ?!」
「ぜ、ぜんばい、助げで下ざい……!!」
富松は涙ながらに、同じクラスの神崎と次屋が、朝に井戸へ向かったきり帰ってこないのだ、と告げた。ひょっとしたら学園と敵対する城に連れ去られてしまったかもしれない、もしかしたら何か恐ろしい動物に食われてしまったかもしれない、それか妖怪に襲われているかも、と涙を流す富松を、二人は慌てて宥めた。
神崎と次屋が方向音痴であることは、二人と頻繁に関わる富松や桜子に限らず、忍術学園の生徒にとっての常識だった。富松の心配するようなことは、まず無いだろう。しかし朝から居ないとなると、心配ではあった。
「大丈夫だよ作兵衛、私と竹谷くんも、一緒に探すから」
「そうだ! 見つかるまで一緒にどこへでも行って探してやるから」
桜子と竹谷は、富松に明るく笑ってみせた。
富松は二人の行動パターンを他の者より把握しているし、五年生が二人も付いている。その内一人は生物委員会の委員長代理を務めている実力者だ。迷子の二人は、そうかからない内に見つかるだろうと、桜子は踏んでいた。
しかし、捜査は難航していた。
神崎と次屋のとった行動は、もはや人智を超えていると形容したくなるものだった。
井戸に行くというのに、二人は小松田に外出届を出して学園を出ていた。
裏山の方へ向かったよ、と箒を片手に言う小松田に、三人はまずそこで頭を抱えた。
気を取り直して裏山へやってきて、捜索を開始したものの、足取りが全く掴めない。桜子も竹谷も、お手上げだった。
「鳥彦か太狼を連れてくるべきだったか……」
竹谷は項垂れた。
鳥彦と太狼は、生物委員会が世話している学園の忍獣だ。非常に優秀で、くノ一教室でも時折、実習でその力を借りることがあった。
大げさだとは言えなかった。確かに、連れてきた方が良いかもしれない。
「まさかあの二人の方向音痴がここまでのものとは……」
「私も最初手伝ったときは思ったよ。それにしても、今日の見つからなさはちょっと異例」
「えっ、そうなのか?!」
竹谷は目を丸くした後、少し表情を曇らせた。
「うーん、それは心配だな」
「うん。本当に応援を呼んだ方が良いかもしれない」
桜子は頷いた。と、茂みから、富松がひょっこりと顔を出した。
富松は、二人の隣に視線を向ける。彼の様子に、桜子と竹谷は顔を見合わせた。
「居なかったのか……」
「はい……」
「ごめんね作兵衛。見ての通り、こっちも収穫は無くて」
「こうなったら」
桜子の隣で、竹谷はぐっと拳を握った。
「応援を要請しよう!」
「そういうことなら協力するぞ?」
「それは、すごく助かり……」
三人は一瞬固まり、続いてうわあっと声を上げて寄り添った。
竹谷の背後から、ひょっこりと顔を覗かせていたのは、七松だった。
彼は豪快な笑みを浮かべた。
「私の気配が読めないとは、まだまだだな三人共!」
「うっ」
「おっしゃる通りです」
竹谷と桜子は、項垂れた。
七松は素早く茂みから飛び出す。彼は富松の頭を撫でて、竹谷と桜子を見やった。
「どの辺りまで捜したのだ?」
「僕は、裏山の南側を一通り」
「私は東側です」
「お、俺は西側を捜しました。……あの、七松先輩、ありがとうございます」
富松の言葉に、七松は「おう!」と彼の頭をぐりぐりと撫で回した。
「それじゃあ私は裏々山まで行ってくる」
桜子と竹谷は、慌てて七松に頭を下げた。
七松は二人の頭も、手をぐっと押し付けるようにして撫でた。その後彼はすぐに踵を返す。
いけいけどんどーん! という叫び声が、あっという間に遠くなった。
それから間を置かない内に、再び二人の頭に手が乗せられた。
「わっ!」
「話は聞いたぞ」
「食満先輩!!」
富松が声を上げる。
食満は三人の前へ歩み出た。彼はにっと、笑みを浮かべる。
「心配すんな、すぐに見つかるさ」
桜子は、己の肩から力が抜けていくのを感じた。
もう大丈夫だ、と思った。根拠は無い。しかし、尊敬する二人の先輩がいる。
彼女の隣にいた竹谷と富松の雰囲気も、ふっと和らぐ。
こっちの山は任せたぞ、と言って、食満は七松の後を追った。
桜子は、一つ息を吐く。
竹谷を見ると、彼も同じような表情をしていた。彼は、頬を掻く。
「取り敢えず、北を探してみるか」
「はい!」
不安の消えた表情で、富松が頷く。駆け出した富松に続く桜子の隣で、竹谷が言った。
「一年って、でかいな」
「うん。本当に」
桜子は頷いた。地を蹴る。黒髪が揺れる。


2013.03.29(投稿)



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