十一ノ裏側


「この前の春本、覚えてるか?」
竹谷は自分の足の上に、水がなみなみと入った桶を取り落とした。
派手な音を立てて、水が周囲に飛び散る。
「うわっ!!」
「何やってるんだ、八左ヱ門」
鉢屋は、じとりと目を細めた。
その向かいで水を汲んでいた久々知は、その姿勢のまま固まっていた。顔が赤い。
竹谷は彼も真っ赤になって、鉢屋を睨んだ。彼の夜着は、膝くらいまでびっしょりと濡れている。
「朝から何て話をしているのだー!!」
叫ぶ竹谷の横で、尾浜が水に濡れた夜着の裾を持ち上げて、あーあとため息を吐いた。
不破は頬に水を滴らせながら、苦笑いして口を開く。
「そうだよ三郎。何でまた急に……」
「急ではないぞ?」
鉢屋はにやりと笑い、前で固まっている久々知の肩をぽんと叩いた。
「な、兵助」
久々知はびくりと肩を揺らす。
「何がだよ」
続いてそう言い捨てて、桶を引き上げ始める。
その顔は、先程より赤かった。
鉢屋はそれをちらりと横目で見て、楽しそうに言った。
「三町と似ていると思わないか?」
久々知の指から桶が滑り落ちて、再び井戸の底へ沈んだ。
竹谷は口元を片手で抑え、明後日の方向を見る。
少し間を置いて、不破と尾浜も赤くなった。
鉢屋は満足気に笑っている。
「さ、三郎! 言って良いことと悪いことが……!!」
「三町さんに失礼だろ!」
「ということは、やはり二人もそう思うんだろう?」
鉢屋の言葉に、不破と尾浜は閉口した。
「そこの二人はすでに思い至っていたみたいだし」
「なっ」
「し、仕方ないだろう! 三町があんな格好をしていたら!」
竹谷は赤い顔で怒鳴った。
それを聞いて、尾浜が頬を掻く。
「確かに……三町さんのさっきの格好、何というか色々危なかったよなあ」
「うーん、……そうだね」
不破は散々目を泳がせて、頷いた。久々知は再度、縄に手をかける。
「なんで誰も直してあげなかったんだ」
「そうだよね。くノ一教室の長屋からここまで、距離があるのに」
「……三町、相当寝ぼけていたみたいだからなあ」
竹谷はため息を吐く。
久々知はじとりとした目で、鉢屋を見た。
「三郎、お前まさか三町さんと似てるからってあの本」
「流石にそんなことしないさ」
鉢屋は失敬な、と言いたげ目で久々知を見返した後、にやりと笑った。
「……そう思えてしまうほど似ていたってことだな?」
久々知は、言葉に詰まった。
と、その隣で真っ赤になって、竹谷が口を開く。
「……なんつーか、目が」
「あ、それ俺も思ったよ」
「なっ」
久々知は赤い顔で竹谷と尾浜の方を振り向いた。
尾浜は、うーん、と唸った。
「あとは、肩の辺りとか。鎖骨?」
「そこが一番似ていたよな」
「えっ、僕は腰の方が……あっ」
「いや! 確かに腰も似ていたが、目だ!」
「えー、肩だと思うけどなあ」
「鎖骨だな」
「……背中、だと思う」
「……あー、確かに」
「確かに背中も似ていたけど……やっぱり腰の方が……うーん」
「先輩ー、何のお話ですかあ?」
「なっ」
「わっ」
「うおお」
「ぅえっ?!」
「うわっ!!」
今度は久々知が、桶を盛大にひっくり返した。


2013.04.02(投稿)


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