十二、烏滸がましいと笑うかな
桜子の目の前を、井桁模様の入った忍族衣装がいくつも駆けていく。きゃあきゃあと楽しそうに笑う彼らを、桜子は通行の邪魔にならぬよう隅の方で壁にもたれて、見つめていた。
少しして、ようやく目当ての人物が姿を現した。
桜子は、ぱっと壁を離れて、彼の方へと駆け寄った。
「善法寺先輩」
「三町さん?」
善法寺はきょとんと首を傾げた。
桜子と竹谷と富松とで、七松と食満にお礼をしよう、という話になった。
三年ろ組の神崎と次屋の捜索で、ずいぶん時間を取らせてしまったからだ。普段ならば何かを買って渡すまではしないが、今回は違った。六年生の二人は、後から聞いたところ、護衛の任務帰りだったらしかった。その上で、二人は子の刻まで捜索を手伝い、しまいには疲れ果てて眠ってしまった三年生を背負って下山した。
七松と食満はどうってことない、と笑っていたが、三人の感謝の気持ちはそれだけでは済まされなかった。大変な思いをさせてしまった二人に、何か喜んでもらえるようなことをしたい。三人は午前中、授業と授業の合間を縫って、集まって相談した。
三年生たちの好奇の目にさらされながら額を寄せ合った末に、三人は菓子を贈ろう、と結論付けた。
名案だ! と、竹谷は発案者の富松をぐりぐりと撫でる。その隣で、桜子が口を開いた。
「いつ買いに行ける? 今日の授業後とかは」
「あー、すまん! 俺今日生物委員の当番で」
「俺も用具委員会で……明日はどうっすか?」
「あー……、ごめんね。私たちくノ一教室の五、六年生は、明日から一週間、合宿で学園に居ないんだ」
「えっ、そうなんですか?」
「へー、くノ一教室の方でもやるんだな」
「うん」
「そうすると、早い内に三人揃って行くのは難しそうっすね」
「うーん……」
「でも早い内が良いから……あ、私が今日行ってくるよ」
「えっ?」
竹谷と富松は、驚いたように桜子を見た。
いやいやそれは、と言い出しかけた二人を、桜子は制止する。
「私、今日の午後は何もなくて暇だったの。宿題も終わっているから、丁度良いよ」
「うーん……。でも、それが一番良いよなあ」
「そうですよね……すんません、先輩」
「いいよ、全然」
桜子は、富松の頭を撫でながら笑う。竹谷はおう、と頷いた。富松も、少し顔を赤くしながら頷く。
三年生の廊下からくノ一教室へと戻りながら、桜子はふと思った。
(そういえば、先輩たちの好み、全然知らない)
食堂は、大いに賑わっていた。
本日は特別に、スペシャルメニューとして品数限定でステーキが出るというので、生徒たちが我先にと食堂へ駆け込んでくるのだ。
いつもより混んでいる食堂の隅の席に座る善法寺は、一口お茶をすすってから、向かいに座る桜子に柔らかく笑いかけた。
「なるほど、それは小平太も留三郎も喜ぶよ。それで、僕に頼みたいことって?」
「ええと」
桜子は箸を置いた。気にしなくていいのに、と善法寺が笑う。
そういうわけにもいかない、と桜子は首を小さく振って、口を開いた。
「そんなに大げさなことでも無いんですけど、教えてほしいことがあるんです。小平太先輩と食満先輩は、どこか贔屓にしているお店はありますか?」
善法寺はうーん、と顎に手を当てた。
「小平太は基本的に細かいことは気にしないから、店も選ばずに思い立ったところで入っているかなあ。留三郎は……ああ、確かよく行っているのは『かんこどり』っていうお店だよ」
「あ」
桜子は小さく声を上げた。
「そこって町の東側の、川沿いのこぢんまりしたお店ですか?」
「うん。知ってるの? 留三郎がすごくマイナーだって言ってたよ」
「はい、知ってます」
桜子は微笑んだ。
彼女はちらりと、善法寺の斜め後ろを見やる。
思い浮かべていた人物と丁度目が合い、桜子は目を瞬く。
富松は大きく目を見開いた後、慌てたように頭を下げた。
可愛いなあ、と桜子は心の中で呟いた。
と、黙々と昼食を食べ始めた富松の影から、ひょっこりと富松の顔がこちらを覗いた。桜子は一瞬ぎょっとなる。
富松の顔は、桜子の様子を見てにやりと笑った。続いて、富松より大きな手が、その顔を覆う。
さっと退けられた手の向こうには、不破の顔があった。
桜子は、苦笑を零した。
鉢屋は満足したのか、くるりとこちらに背を向けて、自分の席へ戻った。
向かいに座っている久々知が苦笑している。その横で、尾浜がこちらへ手を振ったので、桜子も微笑んで振り返した。久々知がそれに、さらに手を振り返した。
「鉢屋は相変わらず、すごい変姿の技術だね」
桜子は、はっとした。慌てて善法寺に頭を下げる。
「ごめんなさい、先輩に自分で話を振っておいて」
「気にしないで。僕も途中から向こうを見ていたし」
善法寺はふわりと笑った。彼の人の良さがそのまま形になったような笑みだった。
「それでね、三町さん」
「はい、何でしょう」
「そのお礼を買いに行くのって、今日?」
桜子は頷く。
善法寺は小首を傾げた。
「僕も付いていっていいかな? どうせなら、買うところまで見届けたくて」
桜子は目を丸くした。
「先輩にそこまでさせられません」
「僕がお役に立ちたいんだ。丁度、買いたいものもあるし。嫌かい?」
「いえ! ありがたいです、けど」
「それじゃあ、決まりだ」
躊躇する桜子を尻目に、善法寺は有無を言わせないとばかりに言い切る。
桜子は観念した。
善法寺に、笑顔を向ける。
「本当にありがとうございます、よろしくお願いします」
「いいえ」
話をすればするほど、善法寺の人柄の良さが見えてくる。何だか、常に頭を優しく撫でられている気分だった。
本当に良い先輩だな、と桜子は善法寺を見て表情を緩めた。
善法寺は、最後の最後まで商品選びに付き合ってくれた。自分のことのように悩んでくれた彼に、桜子は今度お礼を贈ろう、とひっそりと決意する。
善法寺に礼を言って別れ、桜子は飼育小屋までやってきた。お礼を渡すときには、三人が揃って渡そうと決めていた。
桜子が「少し竹谷くんをお借りします」と言うと、生物委員会の一年生たちは、仲良く揃って元気な返事をしてくれた。二人はそれに笑ってから、歩みだす。
用具の保管庫へ向かう途中、彼女たちは運良く七松と出くわした。
「小平太先輩」
桜子が叫ぶと、彼は塹壕からひょっこりと顔を出した。二人を交互に見た後、彼は身軽に地面から飛び出し、彼女たちの前に音もなく着地する。土の香りが濃くなった。
「桜子と竹谷か! どうした?」
「今少しお時間良いですか?」
「うん! いいよ! 今日は委員会もなくて暇してたんだ」
桜子と竹谷は、七松を連れて用具倉庫へやってきた。丁度、入口のところから富松が出てくる。
「おーい、富松作兵衛!」
そう言って、竹谷は彼へ歩み寄る。
「いったい何をするんだ?」
丸い瞳をこちらに向ける七松に、桜子は笑って見せた。
「もう少し秘密です」
お菓子は、袖の中に隠してあった。
七松はそうか? と小首を傾げた後、ぱっと表情を明るくした。
「それより桜子、バレーしよう! 最近全然やってないぞ!」
「あ、やりたいです! 私も、最近できてなくて寂しかったんです」
「桜子は私と長次以外の六年生が居ると入ってこないんだもんなー」
「邪魔しちゃ悪いですから」
「気にすることないのに」
「なるほど、それで三町は七松先輩と仲が良いのか」
竹谷が戻ってきた。納得だ、というように手を打つ竹谷に、七松が人差し指と中指を開いて笑う。
桜子は、その様子を見て笑いながら、頷いた。
少しして、富松が食満を連れて倉庫から出てきた。槌を片手にしたままの食満は、きょとんと三人を見る。
「竹谷に三町に、小平太?」
どんな面子だ、と首を傾げる食満に、桜子と竹谷と富松は視線を交わす。
六年生二人に並んでもらい、桜子は二人の前に、笑顔で菓子を差し出した。
七松は目を輝かせ、食満は驚いたように桜子を見た。
「この前、三年生の迷子たちの捜索を手伝ってくださって、本当にありがとうございました。私たちからのお礼の気持ちです」
「なんだ、気にしなくて良かったのに」
食満は、少し照れくさそうに笑った。
「ありがとな」
「ありがと!」
菓子を手に取って笑う二人に、三人も笑顔になった。
2013.04.03(投稿)
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