十六、例えばそれを負わせたものに殺意を覚えるくらい
次屋は、木陰で休んでいた。
すぐ近くで、時友と皆本が地面に伸びている。平はいない。水分補給をしに行ったのだ。
体育委員会での、いけどんマラソンを終えた後だった。
今日は一段ときつかった、と次屋は思った。ここ一週間ほど、比較的、僅かにだが活動が穏やかになっていたので、その反動は恐ろしかった。今ははっきりしているが、終わった直後はほとんど意識が無い状態だった。
ふう、と次屋は息を吐く。
彼の背後に、木の上から、音も無くしなやかに、影が降り立った。
「次屋三之助くん」
次屋は、びくりと肩を揺らした。振り返って、彼はあ、と声を零す。
「三町先輩」
桜子は、彼にお疲れ様と微笑んだ。
次屋は、忍たま三年生の中で、桜子が富松の次によく出会う人物だった。そのほとんどが、富松の迷子捜索を手伝っているときだったが、神埼と違い、次屋とは体育委員会の活動前後にも出会うことがあった。
「先輩、この前はよくわからないけど遅くまでありがとうございました」
次屋は、桜子に向き直って、頭を下げた。桜子は首を振る。
「全然いいよ。私よりも、小平太先輩と食満先輩が本当に頑張ってくださったから」
「その二人にはもう言ったんです。他の人にも。けどやっぱくノ一教室の三町先輩にだけなかなか会えなくて……あ、その腕大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ありがとう。ところで、小平太先輩がどこにいらっしゃるかわかる?」
次屋は首をひねった。
「七松先輩ですか? たぶん……まだ裏山の方にいらっしゃると思います」
「裏山か」
ありがとう、と言いかけた桜子の視界が、突然真っ暗になった。
桜子は驚いて一瞬硬直するが、鼻を掠めた土の匂いに、体から力を抜いた。
「小平太先輩」
「なんだ、すぐにわかってしまったか」
そう言う割に、背後の声は全く残念そうではなかった。
桜子の視界が、ぱっと開ける。つぶらな瞳が、ひょっこりと彼女を覗き込んだ。
「私に何か用事か?」
桜子は頷いた。
七松はそれに頷き返して、口を開いた。
「よし! では、バレーボールを運ぶのを手伝ってくれ!」
「え?!」
声を上げたのは、次屋だ。
しかし彼が何か言う前に、七松は桜子の右手を引っ張って歩き出した。桜子は慌てて、七松に続いて歩き出す。背後から、次屋の深いため息が聞こえてきた。
桜子は思わず、苦笑を零した。
上機嫌で歩く七松に、桜子は声を掛けた。
「小平太先輩」
「ん?」
七松は歩を止めて、桜子を見た。
桜子は、頭を下げた。
「昨日は、ありがとうございました」
医務室では、驚きと、その後の状況のために、ろくに礼を言えなかった。しかし、心から尊敬し、仲良くしてもらっている先輩に心配してもらえて、桜子は嬉しかったのだ。きちんと、礼はしておきたかった。
七松は少し首をひねったが、すぐに思い当たったようだった。
彼は、桜子の右手を掴んでいた手を離して、彼女の頭の上に置いた。
「桜子は律義だなあ!」
桜子は、首を横に振った。続いて、花が綻ぶように笑う。
「嬉しかったんです」
七松は、一瞬、真顔で桜子を見た。
彼はすぐに豪快な笑みを浮かべて、彼女の頭を派手に撫でまわした。
「私がしたくてしたことだ!」
「わ、先輩!」
桜子は笑い声を立てた。七松も、さらに笑った。
2013.07.14(投稿)
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