二十一、謎、謎
「三町さん」
図書館へ向かっていた桜子に、声がかかった。
己を見てすぐに、目を逸らして去っていった富松の後姿を寂しく思いながら、桜子は振り返った。
鉢屋が、柔らかな笑みを浮かべて、桜子へと歩み寄る。どれも、彼自身の普段の動作とは違っていた。
「何?」
問うた桜子に、鉢屋は不破そっくりの目つきで尋ねた。
「この前、町で男と二人で歩いていたよね。あれは誰だい?」
桜子は、じとりと彼を見た。
「知っているでしょ?」
「えっ、知らないよ?」
目を丸くしてみせる鉢屋に、桜子はため息を吐いた。
「詰めが甘いよ鉢屋くん」
桜子は、本と共に抱えていた図書カードを見せる。今日借りた本の受付担当の欄に、不破雷蔵の名があった。
鉢屋は、苦い顔をした。
「当番はもう少し後だと聞いていたんだがな……」
彼の変わり様に、桜子は思わず笑った。それに鉢屋も笑みを浮かべる。
「そういえば、例の男、明後日お前に会いたがっていたぞ」
「わかった。じゃあ、校門の外で昨日と同じ時刻にって伝えといてね」
桜子は、本を抱え直す。じゃあね、と手を振って、彼女はくのたま長屋へ歩を進めた。
(また何か情報、掴んだんだ……)
廊下を歩みながら、桜子は僅かに眉を寄せた。
(情報が簡単に手に入りすぎている……いくつかはガセかな)
それは、鉢屋も知ってのことだろう。
桜子は、廊下の角を曲がる。一つに結わえた黒髪が、さらりと靡いた。
桜子の黒髪が、視界の端から消える。
鉢屋は、瞳をすっと、図書館の戸の方へ向けた。
目を細め、彼はしばらくじっと木戸を見つめる。
やがて口角を不敵に吊り上げて、鉢屋は踵を返した。
木戸の裏に気配を潜めていた久々知は、息を詰めたまま、そっと外を垣間見た。
去っていく鉢屋の後ろ姿が映る。
彼の隣で、竹谷がため息を吐いた。
「どうして俺らは隠れているんだ……?」
それは、久々知にもわからなかった。
最初は、挨拶に出ていくつもりだった。気が付いたら、気配を殺していた。
久々知と竹谷は、各々借りた本を手に、図書館を出た。
竹谷が口を開く。
「なあ、兵助」
「何?」
「明後日、五年生は一日授業無いよな」
「……そうだな」
久々知は、廊下の先を見つめた。
授業の用意を片付けていた桜子の首に、後ろから細い腕が回された。
彼女の首に腕を回したキヌヨは、くすくすと笑い声を立てた。深い青の瞳が、桜子を映す。
「何?」
じと目で尋ねた桜子に、キヌヨはにやりと口角を吊り上げた。
「桜子さー」
キヌヨは、桜子の耳元へ、唇を寄せた。
「最近、町でよく男といるんだって?」
彼女の声は非常に小さかったが、くノ一を目指す者にとっては大きすぎた。
教室で思い思いに散らばっていた全員の意識が自分に向いたのを、桜子は感じた。
「うん。土倉屋の息子さん」
桜子は、全く動じなかった。
探りを入れられることは、想定済みだった。対策は既に打ち合わせてしてある。
「ええ? 何それ、ものすごい大物じゃない」
キヌヨは目を丸くして、桜子の前へと回った。
桜子は、口角を微かに吊り上げてみせた。
「うん。すごく貢いでくれるよ」
教室の空気が、一瞬固まった。
逸早く元に戻ったあやのが、本を片手に桜子に不敵に笑いかけた。
「シナ先生に怒られない程度に、搾り取るだけ搾り取っちゃいなさいよ」
桜子は笑って頷いた。
それを見たチヨ子が、隣で戦慄した。
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