四、日輪の下


穏やかな日和だった。
畳の上に陽光が惜し気もなく注がれて、時折吹く風が髪をくすぐっていく。
山本シナがチョークで黒板を叩く音に、チヨ子の肩が一瞬びくりと揺れた。
桜子は、ちらりと彼女を見遣る。
チヨ子はぼうっと視線をうろつかせて、再び瞼を閉じた。
桜子は、ため息を吐いた。筆を持ち直す。墨の香りが、空気に散った。
恐らく少ししたら、チヨ子に手裏剣のような勢いでチョークが飛んでくるだろう。普段なら起こしてやるのだが、桜子は今日、チヨ子に少しばかり腹を立てていた。
山本シナの書く美しい文字を、できる限り真似して、桜子は筆を動かす。
いつの間にか、外からは楽しそうな声がしていた。一年は組の、よい子たちだろうか。
隣の席から凄まじい音と悲鳴が聞こえたが、桜子は知らないふりをした。

くノ一教室は、午後から山本シナ先生が出掛けるため、自由の時間となっていた。
今度こそチヨ子から逃げることに成功して、桜子はのんびりと廊下を歩いていた。
図書室へ行くつもりだった。きり丸の話では、つい先日、新しく本がどっさり寄贈されたらしい。
丁度前から走ってきた富松に笑って挨拶して、桜子は渡り廊下の入口を潜る。競合地区を横切った方が早いのだが、プロも見抜けないという綾部の落とし穴には落ちたくなかった。
忍たま達の学び舎は、先程より静かだった。
歴史を感じさせる古い板張りの上を、桜子はゆっくりと歩む。
角を曲がったところで、自分と全く同じ顔がこちらへ歩いてくるのが見えた。桜子は、目を瞬く。
流石だと思った。いつものように、ある程度気配に気をつけながら歩いていたのに、桜子には彼の気配が読み取れなかった。
桜子は苦笑した。
「気配の消し方が私と少し違うよ」
桜子の前で、桜子の顔がにやりと笑った。
完全に成り切る気はなかったのだろう。角張った大きな手が、桜子の面をした顔を覆う。
次の瞬間には、その場に人影は無かった。
気配が忍たま長屋の方へ動いていくのを、桜子は僅かに捕らえる。
技術があるだけ、彼の悪戯は唐突で、かつ厄介だ。
桜子は息を吐いて、再び図書室へ向けて歩みだした。



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