六、霹靂と同じこと
桜子が、チヨ子の宿題を手伝ったことが、とうとう山本シナ先生の目に余った。
「そう簡単に手伝ってはいけません」
山本は、そう言って美しく目尻を吊り上げた。
桜子は内心、理不尽だと叫びだしたかった。手伝わないと、寝られないのだ。罠を仕掛けてくることもあるのだ。
しかし、桜子の口から出てきたのは、「申し訳ありません」という言葉だった。
山本シナ先生には、逆らえない。
食堂へ続く廊下を歩きながら、桜子はそっとため息を吐いた。隣に居るはずのチヨ子は、今、山本が隣で目を光らせている中、ひたすら課題に筆を走らせている。
桜子は気分が塞いでいたが、食堂に近づくにつれ、心に生気が戻ってきた。甘い香りが、彼女の鼻をくすぐる。デザートがあるのかもしれない。
少し歩みを早めた桜子を、背後から呼ぶ声があった。
桜子は振り返る。
狐色の髪をした少年が、桜子を見て軽く手を上げた。
ふわりと髪を揺らしながら歩み寄ってきた彼に、桜子は目を瞬く。
「何?」
「今度、五年生の忍たま、くのたま合同で実習をやるだろう?」
桜子は頷いた。
昼間に、山本シナ先生から聞いている。裏々山の全範囲で、男女で一組となり、一つだけ用意されている鈴を探し奪い合うという内容だ。
くノ一教室では、ペアを組む過程も実習の内となっていた。自分から組んでほしい、と申し出ることを禁じられているのだ。言葉巧みに、もしくは実力行使で、忍たまの方から申し込ませなければ、鈴取りに参加はできない。
桜子は、今日か翌日に、食堂で近くに座った人物に仕掛けようと的を絞っていた。
しかしそれは、どうやら不必要になりそうだ。桜子は、自分より背の高い少年の瞳を見上げた。
「あれのペア、私と組まないか?」
「うん。よろしくね」
課題の一つ目は、呆気なく突破してしまった。
桜子は何だかおかしくなって、笑みを零す。それを見た鉢屋が、いつものように不敵に笑う。
「これも実習の一環みたいだな」
「そうだよ。あっさり終わっちゃったな」
「良かったじゃないか」
「うん。鉢屋くんに言わせるのは無理だろうと思ってたしね」
「ってちょっと待った!」
新しく声が二つ、飛び込んできた。
二人の間に割って入った竹谷が、桜子と鉢屋を交互に見る。
久々知が問うた。
「二人とも、知り合い?」
桜子は頷いた。
竹谷が続いて問い掛けた。
「いつから? 俺達全然知らなかったんだが……」
桜子は、目を瞬いた。
少し考えた後、桜子は鉢屋を見る。鉢屋は目を瞬いた後、呆れたように目を細めた。
「いつの間にかなんて言わせないぞ。私はあのとき心底驚いたんだ」
「何があったんだ?」
「三町と食堂で席が隣になったときに」
ああ、と桜子は内心呟いた。思い出した。その日彼女は何となく食欲が無かったのだ。どうしてもちくわを口に運ぶ気になれず、彼女は隣に座っていた人物を見た。視線に気づいた隣の人物が、桜子を見る。
「ちくわあげる」
桜子は、ちくわを押し付ける気満々だった。失礼は承知だった。断られないように、桜子はちくわの入った小鉢を、相手の手に握らせる。
「ごめんね、ありがとう」
「……え?」
それが、鉢屋だった。その日から二人はばったり会うと、何となく一言二言交わすようになった。
桜子は頬を掻いた。顔が少し熱い。
「うーん、弁解すると、あの日私はあの後熱で倒れたよ」
「それでも私はびっくりした」
鉢屋は重ねて言う。確かにそれは驚くな、と久々知が笑った。桜子は苦笑した。
「それより、私も聞きたい。兵助と八左ヱ門までいつの間に知り合っていたんだ」
「俺は本当に先日だよ。兵助はもっと前なんだよな」
「うん。でも普通に話をしたのはつい最近だ」
「へえ、兵助勿体ないことしたな。三町は豆腐プリンに目が無いぞ」
「え?!」
久々知は、目を丸くする。続いて彼の双眸が煌めき出した。
きらきらとした瞳で、彼は桜子を見た。
「三町さん、そうだったのか?」
桜子は、彼女も目を丸くした。
「久々知くん、デザートになっても好きなの?」
「もちろん!! 豆腐なら、そのままの姿でも形を変えても好きだ」
桜子は、ぱっと顔を輝かせた。
竹谷は目を丸くした。鉢屋は見たことがあったので、やっぱりな、と平然としていた。
桜子は久々知と同じく目をきらきらさせて、口を開いた。
「豆腐プリンなら私、三食それだけでもいいと思ってるの」
「わかるわかる。幸せだよなあ……」
「だよねえ……」
「……やっぱり人間、どこかに必ず変わったところがあるもんだな」
呆気に取られていた竹谷は、笑みを零して呟いた。
鉢屋は苦笑した後、仕方ないなと口を開いた。
「今日のデザートは豆腐プリンらしいな」
とたんに二人は足を食堂へと向けた。
久々知に続いて歩きだそうとした桜子は、しかし鉢屋に首根っこを掴まれる。
「山本シナ先生への報告は頼んだぞ」
桜子は、我に返って小さく苦笑しながら、頷いた。
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