織部
「おてつだい、する」昼食をいつものように作っていたら、お昼寝から起きていたのか流し台に立つリゼルグの脇からそれはもう小さな小さな子供の頭がにょきりと生えた。
モルフィンもひらひらと飛んできた。あの一件以降穏やかに仲を深めてくれている様で、いまや幼いころのリゼルグと彼女のような、ほほえましい関係になっている。
「モルフィンも来たんだね。エリオももう大きいし包丁の扱い方くらいは覚えたほうがいいかもね」
「いいってことですか!?」
「うん。でも今日はボクと一緒に野菜を切ろうね。一人で切るのは次からだよ」
「それでもいいです!わぁい!!」
心底嬉しそうにぴょんと跳ね、体をいっぱいに使い気持ちの高揚を表すエリオを見てリゼルグとそばにいたモルフィンは微笑んだ。
最近はリゼルグの家事に積極的に参加するようになり、今や掃除はお手の物…とは言えないが子供らしく精いっぱい家の事に貢献してくれている。
外に出る機会が少ない分、家の中で完結する遊びに夢中になってついやりすぎてしまったり、手伝うつもりが逆にリゼルグの負担になる事も多々あるが育児はそういうものだとリゼルグは知っている。だからこそ何も思わないしむしろこのような軟禁生活の中で楽しんでくれていることに安堵していた。
今日もまた、お手伝いという遊びの為にキッチンに来たのだろう。
「たまねぎは、涙が出るせいぶんがあるので、切るときは鼻でいきしちゃだめです」
「良く知ってるね。本で読んだのかな?」
「うん。このまえ読んだの。えっへん」
「さすがエリオ。君は本が好きだもんね」
「絵本も好き。でも、リゼルグさんの本もわからないやつが多いけど最近よめるようになったやつもあるよ!おもしろいの」
「じゃあ今度、ボクが小さい時に読んでいた本を買ってきてあげるよ。推理物でね…」
「…いや」
「え?」
「わたしも、いっしょにいきたい、です」
包丁を握る小さな手に添えていた手が止まった。
まな板の玉ねぎからエリオに視線を向けると、彼女は少し曇った表情でこちらを見ずにそういった。
珍しい「おねがい」だった。しかしその「おねがい」は暗黙のルールではないが、この家では若干タブーとされていることに関してだったので、エリオもリゼルグのほうを見ずに言ったのだろう。
外に出たい。やはりこの気持ちは小さな子供だと自然に出る気持ちだ。
しかしエリオはあの人の娘。しかもリゼルグというおそらく敵からマークされているであろう存在とあまり外で出歩くのはよろしくない。
それ故エリオは軟禁状態だった。知られない為に、隠しておくために、ひっそりと暮らさざるを得ない。
しかしその状態はリゼルグも良しとしていない。本当は親子のように共にひっきりなしで公園や遊園地に連れまわしたくてしょうがないのだ。
だからこそ、この子の否定されるかもしれない願いに応えたい。そのためどうしたものかと考えた。
「…いいよ。最近外に出られてないから、たまには…ボクとデートでもしよう」
「デート…えっ、外、遊べるの!?」
「予定があるから少し先になるけどね、それでもいいなら」
「いくらでも、まちます!!」
「ふふ、そうか。でも…本当にごめん、君をこんな風にさせちゃって」
「?」
言葉の意味を理解できずに小首をかしげるエリオを見てより深く罪な気持ちになる。
普通の子供は、ただ外に行く約束などしない。外に出るだけでここまで喜ばない。
そんな気持ちにさせてしまう程飢えさせている自身が本当に情けなく、無力で、悔しい。
しがらみが多いこの生活を、早く終わらせ、穏やかな日々をこのアパートメントで暮らしたいと再びリゼルグは思った。