名前──数ヶ月後。
7月の暑い日、夏休みが始まり、ホグワーツから離れたマグルの街に静かな時間が流れていた。名字名前は一年次の課程を終え、夏の休暇を林の奥の小屋で過ごしていた。
特に暑い日のことだった。リョーマが名前の家を訪ねてきた。リョーマは軽いシャツ姿で玄関に立っていた。制服を纏わない彼は普通の少年のようだった。
「ここ、涼しいね。」
そう言いながらも長い距離を歩いてきたリョーマの首筋には汗が流れていた。
「こんな田舎へようこそ。入って。」
二人は家に上がり、キッチンへ進んだ。古い木の床が軋み、窓から入る風がカーテンを揺らす。服の襟元を仰ぐリョーマを振り返り、名前は棚からグラスを下ろした。
「ソーダでいい?」
校外では魔法が使えない。だから料理もマグルのように手作業だ。ピックで氷を砕く音が響く。リョーマはカウンターに肘をつき、その様子を眺めていた。
「へえ。こういうの慣れてるんだね。」
「君の家では料理はどうしているの?」
「うちにはしもべ妖精がいるから。」
「わあ、感じ悪い。」
二人はくすくすと笑った。
氷をグラスに詰め、庭で採れたレモンを切って放り込んだ。ソーダを注ぐと泡が弾け、柑橘の香りが広がる。二人はグラスを手に、庭のベンチに移った。パーゴラの下は涼しく、蔓に絡んだ花が夏の風に揺れていた。
リョーマはソーダを口に含むと空を見上げて切り出した。
「バレンタインの時、学校の女子に名前を呼ばれて、それがすごく変な感じでさ。」
「…?名前を呼ぶってそんなに珍しいこと?」
要領を得ない言葉に名前は目を細めた。
「あー…あんたの姿をしてたんだよね、ポリジュース薬を使って。その顔で急に名前呼ばれたから何事かと思ってさ。」
「…何?ポリジュース薬?初耳だな。」
リョーマは罰の悪そうな顔をして少し黙った。
「あの時、あんた結構やられてたからさ。わざわざ言わなかっただけだよ。」
「そう。それにしてもそんなことをする子がいるんだ。やられる側は気味が悪いものだね。」
過ぎたことだ。名前は笑ってみせるとリョーマは少し安心したように眉を下げた。
「…でさ。あんたって、いつも俺のことどう呼んでたっけ?」
どう、とは。手元のソーダをテーブルに置き、名前は考えを巡らせた。言われてみれば明確に呼んだことはなかった気がするが、そこに深い理由はない。
「君だって、私のこと名前で呼ばないだろう。」
リョーマはベンチに背を預け、流れる雲を見上げた。
「そうだったかな。ねえ、ちょっと俺のこと呼んでみてよ。」
名前は頷き、物は試しとその目を見て言った。
「リョーマ。」
するとリョーマは一瞬目を丸くし、みるみるうちに顔を赤らめた。そして照れ臭そうに目を逸らしたので名前は声を上げて笑った。
「なんで。君が呼べって言ったんだろう?」
リョーマはむくれて、ベンチに沈み込んだ。
「うるさいな…。」
彼は小さく、消えるような声で呟いた。
「…名前。」
そっぽを向いた彼は耳まで赤くなっていた。そうとまでされるとこちらもくすぐったくなるもので、名前はベンチに深く座り、瞼を閉じた。
「君らしくないね。でも珍しいものが見れた。」
風がパーゴラを抜け、木々の香りを運んでくる。二人を纏う空気は少しぎこちなくて、照れ臭くて、隣でレモンソーダを流し込む音に名前はまた小さく笑った。
夏が終わる頃には新学期が始まり二人は二年生になる。また始まる騒がしい日々に思いを馳せつつ、並んで避暑を楽しんだ。
グラスの氷が溶け、カラリと音を立てる。パーゴラの下、青空と夏の風に包まれ、二人は静かにグラスを傾けた。喧騒は過ぎ、一年が流れ、新たな日々が待っている。その日は、名前を呼ぶ声と笑い声が、夏の庭にそっと残った。
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