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1 事件は事務所で起こる。


 発端を思い返すこと一時間前。最初に口を開いたのは、簓さんだった。

「みんなとご飯、たべにいきたいなぁ」
 ぽつりと、簓さんが不意にそんなことを呟いたのは、昼も過ぎた頃だった。
 携帯の端末を眺めて、構成員たちや部下からの報告に目を通している最中のことだ。経過や今後の展開についてなどは、この組織においては簓さんに伝えるのが決まりなので、すべてその小さな端末の中に集約されている。
 左馬刻さんは過程や報告というよりも結果が欲しいタイプなので、簓さんが簡潔に「新宿の件、終わったよ」と言えばそれで納得する。今もそんな調子だ。
 どういう風に終わったとか、どんな様子だったとか、そういうのは気にしない。あえてそういうのを欲しがる場合は、余程、自分自身で何かをしたいときだ。それ以外なら重要ではない、と捨て置いて簓さんに任せきりである。結果の良し悪しだけで話を進めていくようなタイプなので、もしかしたら勝手で横暴に見えるかも知れないけれども、適材適所だと分かりきっているゆえの行動だ。
 どうしようもなく、手が回らなくなれば率先して動くのが左馬刻さんなので、頼りにはしている。
 そうして全部終わったあとに関しては、最終的に自分の元へと結論が回ってきて、今回もこういうことがあったなあなどと回顧しながらファイリングしておしまい、という具合だった。
 あとは、裏切りがあったのか、被害があったのか、はたまた朗報となるようなことはあったのか、簓さんと左馬刻さんが双方確認して、次への布石を投じていく、というのが常な形である。
 新宿の件――ここでは、その内容がもう終わったことなので詳細は省くけれども、それが、ひと段落がついたので簓さんが呟いた。「みんなとごはん行きたいなあ」と。
 ここ数ヶ月、先程言った新宿のことでかなりバタバタとしていたので、簓さんが事務所にいることは殆どなかった。常に左馬刻さんと行動していたように思う。
 簓さんは、わりとみんなと食事をするのが好きだ。
 連れて行ってもらうのは、行きつけの居酒屋だとか、その辺のチェーンのハンバーグ店だとか。とにかく話が近いところで食べることが多かった。簓さんは、元より話のしやすい雰囲気を持っているので、馳走してもらえる食事の前ではみんなの口も緩むばかり。会話が弾んで楽しくなって、酒がそこに入れば更に盛り上がる。
 それを聞いて、親睦、もとい情報収集をしていることに気付いているのは恐らく、ふたりに一番近い位置で仕事をしている俺だけかも知れない。もう少し頭の切れる部下がいるなら、俺以外にも気付いているかも知れないが、みんな簓さんの口巧者な面にごとりと落ちている。それが不満や現状把握に繋がっているのだということを分かっているのは、多分俺だけ。だってみんなは口を揃えて言うのだ。
「簓さんはいい人だよな!」と、まるで何も悪事を働いてなどいないような口ぶりで。
 簓さんの口は人も騙すし、毒も吐く。その切りそろえられて綺麗な手は鉄パイプやシャワーヘッドで人の頭をモグラたたきみたいに叩いているのに、良い人だというのだから、おかしい話だ。
 俺は、そういう面も知っているので、あんまり深く立ち入らないようにはしている。けれども単純に簓さんが面白いから、話はよくしていた。きっと俺だって情報を提供する一人なんだろうとは思う。
 また、左馬刻さんもみんなと食事をするのが嫌いではない人だ。
 頻度は低いものの、俺たちと食事をしてくれるし、黙っている時もあればやかましく一緒に騒いでくれることもある。そんなときは必ず、簓さんがストッパーの役割を担っていたので、ふたりが揃えば高確率で、店内は貸し切りのことが多かった。
「ごはん〜、何がええかなあ。焼き肉、しゃぶしゃぶ、すきやき、鍋……いや、今おれが食いたいのは寿司やな」
「海鮮たべたい〜、さまときぃ」と、甘えるように声を上げるとき、いささかドキリとする。簓さんの不思議と鼻に掛かったような少しハスキーっぽい声は、一度聞いたら忘れられないような独特さを含んでいる。それが相俟って耳に残ると、マイクの影響も受けそうな気がして気が気ではない。
「寿司か、いいな」
 向かいに座っていた左馬刻さんも、簓さんの提案に乗っかり、ふたりで寿司でも楽しむんだろうと俺は思った。ボスふたりが仲が良いのはいいことだ。いざこざも多いが、仲間割れという具合に発展することは無い。簓さんは身内に対しては、確かに一等やさしい人ではあるが、どこか一線を引いている。でもそれでいいのだろう。何せ、左馬刻さんは懐にいれるとやさしいというよりも際限なく甘くなるタイプだからだ。周囲を穿って見る者と許諾する者がいるのは、チームとしてバランスがよかった。
 それで、寿司だ。
 簓さんは「ハマチたべたい」と。「いいな、俺もサーモンくいてえ」左馬刻さんが続く。ふたりのことだ。恐らくこれは回らない鮨屋に行くんだろう。熱燗、冷や、なんでもいいが手元に酒を置いて、ゆるゆると会話をするというのは想像に難くない。
 チェーンのファストフード店にて身を置く姿も、カウンターにいるのもどちらも似合うなあと俺はタブレットを操作しながら聞いていた。部屋の中は、俺と簓さんと左馬刻さんの三人だった。俺は空気みたいなものだから、ふたりの話に口を挟むことはない。
 ――そう、挟むことはないのだ。
「そんで、みんなと行きたいんよなあ」
「寿司食いにか? 回転寿司でもいくか?」
「回転寿司でもええんやけど、貸し切って回らん方にいかん? ねぎらいもこめて。みんな普段頑張ってくれとるし、ボーナスみたいなもんや」
 簓さんの手厚さに一人感動を覚える。
みんなと食事に行ってくれる上に寿司を奢ってもらえるなんて、手放しで喜びたい気分だったが、左馬刻さんの次の言葉に肩を落とす。
「そこまで今使える金ねえだろ」
 ふあ、と煙が輪っか状になって空中にとけていく。確かに、と俺は手元の端末に視線を落とした。そもそも愚連隊の資金源というと恐喝、強盗、取り立て……などというものだが、犯罪集団なので当然そうだが、あまりこちらに力を入れてはいない。
 末端の面倒までは見ていられないので、勝手に悪さをしている輩もいることだが、少なくともここ幹部及び左馬刻さん、簓さんの傘下においては際だってそういうものは無い。やり過ぎではない範囲の取り立ては主にあるが、限度を過ぎると二人から制裁をくらうので、みんなほどほどにやっていたりする。
「お金なあ、今めぼしい儲け話もないしなァ」
「金もかからなくて、俺らで出来るもんじゃねえと初期費用いるだろ」
 確かに、儲けるために費用を投資するならば元も子も無い。そもそもみんなでご飯に行きたいと言う理由でそんな本格的な金策も、部下の俺たちとしても困るわけで。
「おれと〜、さまときでできること〜? カツアゲか?」
「んなちっせぇことするか」
 なんというか、みんなで食事に行きたいがために、ここまで考えてくれるボスがいるか? いやいない。思わず反芻して噛み締めてしまうくらいには俺は喜んでいた。
 いいんです、お気持ちだけで。俺、一生お二人についていきますから。心の底からそう思う。
 しみじみと感動していた俺だったが、次の瞬間、そんな感動も消え去る発言が左馬刻さんからこぼれた。
「……っうし、AV作るか」
 何がどうなってその結論になったのか。簓さんも同じような表情をして、普段は切れ長の目を丸くしていたのだった。
 しかしながら、此処にいるのは左馬刻さんと簓さんと俺のの三人。一番下っ端の俺が何かを言えるべくも無く、粛々とキャスター付きのホワイトボードが引っ張り出されたのであった。


2 ツッコミ不在の会議。

 【AV企画】と銘打たれたホワイトボード。書記役は引き続き、俺が進行します。
 ――いや、そうではなくて。なぜ、AV企画。
 女尊男卑に取って変わった政権のせいで、いわゆる性的表現については、女性が好き勝手されるようなものはすぐに規制対象となっていた。今は女性主体のものの方がよく捌けているというのを風のうわさに聞いたことはあるが。……そもそも、なんだ、AV企画って。
 確かに、左馬刻さんの顔面をパッケージにしたら売れそうな気はする。何せ左馬刻さんの容貌と言えば、もう羨む気力すらそがれるくらいの完全完璧の造形なのである。白すぎる肌は血管の青さも相俟って蒼白く見えるが、不健康そうには見えない。雪国に行ったら一体化してしまうのではないか、というくらいに髪から爪の先まで透き通るくらいに白い人だった。鼻筋はすっと涼しげで、切れ長の目から覗く赤い目は蠱惑的。……いや、ここまで語るとなんだか泣けてくるな。
 自分の顔が好きというナルシシズムみたいなものは無いが、比較していくと個性が死んでいきそうだった。
 そんな顔面造形美の左馬刻さんのパッケージならたとえ中身がひどい出来でも採算は取れそうな気もする。とはいえ、そもそもAVを作るに当たって女が必要なわけだが募集でもするのだろうか。AV女優募集中って。
 でも、左馬刻さんの言い分からすると、すぐに撮ろうみたいなニュアンスだったわけなのだけれども。
 まさかナンパで引っかけてくるんだろうか。ちょっとAV撮ろうぜって。無理だ。俺は即座に否定した。
「ほんで、AVってなにすんの」
 簓さんが至極真っ当な問いかけをした。
 いや、本当にそうなんですよ。俺もめちゃくちゃ気になるんですけど。でも口に出す気は無い。なんだか得体の知れないことに更に巻き込まれそうだったからだ。
 すでにホワイトボードに書いたAVの文字ですら一抹の不安が襲ってくる。
「俺とお前でAV」
「……はぁ?」
 うん、俺も簓さんと同じ対応が出来ることならしたいです。はあ、って左馬刻さんに言ってみたい。え、なにどういうこと。左馬刻さんも、俺にホワイトボード上に左馬刻さんと簓さんの名前を書け、みたいな指示出してこないでください。しかし、俺は部下。逆らえないまま、名前を刻んだ。
「いやいや、左馬刻! なに、え、どういうこと。俺とお前がAVの撮影……するってこと?」
「そうだ」
 断言しちゃったよ。俺もいま冗談の方に持っていってほしいなあ、って期待したのに。
 簓さんの顔見て下さいよ、左馬刻さん。いや、いつもと変わらず糸目で何考えているのかちょっと分かんない顔をしていますけど、多分すごい困惑していると思うんですよ。……たぶん。
「――まず、何するか、きこか」
 簓さん、そこで聞くんですか。
 そうですね、否定するにも断るにも話を聞かないと討論としては成り立ちませんし、会話の切っ掛けすらつかめませんものね。でも、俺思うんですけど、今回に限っては聞いたら逃げられなくなりそうじゃ無いですか?
 聞く前に「こんなクソみたいな企画考えンな、クソボケエ!」って相手の頭をサッカーボールにしながら言うときみたいな感じで否定して言って貰いたいんですが。
 不安材料のまま進行される企画に、俺はマーカーを持つ手が震えていた。何が飛び出すのかこわい。
「俺がお前のAV動画を撮る。編集して販売する」
 いや、まてまてまてまて!
 待って下さい、左馬刻さん!!
 早速一発目からやばい発言するのは本当に止して下さい。俺の心臓が全く以て保たないです!
 確かに俺は左馬刻さんと簓さんがお付き合いと呼んでもいいのか分かりませんが、そういう仲なのは知っています。確証はなかったので、聞いたことは勿論ありませんでしたが、二人がキスをしていたのを見かけたこともあるので、俺としては多分そうなのかなあ、くらいだった所に、核弾頭を落としてくるのは待って下さい。
 しかもなんで自分たちのこと身売りしようとしているんですか。それは流石にどうかと思いますけど?!
「……なるほど」
 いや、なるほどじゃねえから! 
 ねえ、簓さん、なるほどって何が?!
 そんな神妙な顔つきで何か閃いたような顔して頷かないで下さい。ホワイトボードに走らすマーカーの先が潰れてひしゃげたが、断じて俺が悪いわけではない。二人と対等に話が出来る人間がいないのが悪いと思うのだ。
 突っ込みたいのはやまやまだが、俺にその権限というか立場がない。
 下手をすると俺ごときが何をなめた口を利いてんだ、からの凄惨な死体と化す可能性も無きにしも非ずだ。海の藻屑になるのは勘弁してほしい。
「それにはテーマが必要とちゃうんか」
 なんで、簓さん進行しちゃうんですか。
 おかしいと思っているのはもしかして俺だけなんですか。嘘でしょ、もう一人くらい誰かこの部屋入ってきてくれないと俺の思考が毒されていきそうです。
「テーマなあ。素人もんはどうだ」
「えー、おれ処女ちゃうねんけど……って、お前大丈夫か。えらい音したけど」
「だ……大丈夫です」
 ゴン、とホワイトボードに頭突きをしてしまった。唐突に目の前が暗くなったからだ。本当、勘弁して下さい。
 俺、今すぐにこの部屋出てもいいですか。お二人の貞操観念ガバガバ過ぎませんか。そんなあっけらかんとして言う話じゃ無いと思うんですけども。
 脳内でいくら上司たちに口出しをしたところで何ひとつ解決には至らない。それもそうだ、何も伝わってなどいないのだから。
 俺は、ぷるぷると震えながらホワイトボードに記入した。

・素人もの

「素人もんってなあ。寧ろ、年上調教ものとかどや! おれと秘密の個人授業!」
「萎えそう」
「はあ?! 垂涎もんやろ! お兄さんが手取り足取り腰取り教えたるで」
「いや、ンな色気、お前にねえだろ。調教もんすんなら、しっかり猿轡させたお前にボンテージ着せて玩具責めの方がいいな」
「うっわ!! 左馬刻くんえっぐう! うそやろ、おれにそんなことシたいと思っとたん」
 ぽんぽんと飛び出す会話に、俺はもう無心だった。言われたままを書き出す。

・個人授業
・ボンテージ
・オモチャ

 ……いや、これ本当になんのテーマなんだ。SM倶楽部か。三十分六千円のイメクラか。
 ノリノリの二人に考えることを放棄したいが、どうにもそういうわけにはいかない。
 落ち着く先も無く繰り出される二人の会話に、俺の思考回路はショート寸前だ。別に今すぐ誰かに会いたいとかは無いけれども。寧ろ、誰かが飛び込んで来て部屋の惨劇を止めて欲しかった。
「いやでも、素人もんだな、やっぱり。初々しく演技しろ、がんばれ」
「なんやのそれ、投げやりか。いやや〜、って言いながらあんあんしとけってか」
 そもそも簓さんは自分が性的に消費されることに対しては何も思わないんだろうか。
 そもそもなんでAVの話になったんだったか。――そうだ、そう、寿司だ。みんなで寿司食いたいという話題からじゃなかったか。
 それだけのために突如始まった身売り企画。二人はどうやら素人もので満場一致したらしい。
「じゃあ、とりあえずホテル借りて撮りに行くか」
 え、今からですか。思わずぐるりと首を後ろに向ける。左馬刻さんは優雅に煙草を吹かして、簓さんに提案していた。なぜか簓さんもめちゃくちゃ納得した顔をして、膝を打った。
「よっしゃ。じゃあ固定カメラでやろうや。あんまり顔うつらんように頼むわ」
「ったりめえだろ、流石にそこまで考え無しじゃねえよ」
 そういう問題ではない、と思う。
 しかしながら、俺はやっぱり二人の部下であるので口を挟むことも出来ず、とりあえず【素人もの】と書いた部分に赤のマーカーで丸を付けておく。
「それじゃあ、ちょっと小金稼いでくるわ〜。寿司待っててなあ!」
 そう言ってお二方は、事務所を出て行った。
 一人事務所に残された俺と、不穏なワードの記載されたホワイトボード。俺の性的嗜好みたいに見えるので早々に消し去ってしまう。
 因みに、本当にふたりが撮影をしに行ったのかは、俺には与り知る所では無いのであった。



3 寿司食いに行こうぜ!

 俺は、カウンターの席に座っている。目の前には三貫の寿司がのった寿司げた。右から、海胆、いくら、中トロである。ひと目で分かる美味いネタである。
 店内には愚連隊の幹部や、それなりに活躍している構成員の姿が見られた。左馬刻さんと簓さんが懇意にしていて名前を把握している人たちだ、と俺は瞬時に理解する。
 貸し切りにされた鮨屋の店内は、思い思いに注文を飛ばしながら、みんな寿司の値段など気に留めることも無い。
 何せ、本日の誘いは左馬刻さんからだ。愚連隊の一番上のボスが「好きに食べろ、飲め。遠慮したらぶっ殺す」とまで言ったのだ。それはそれは嬉しい命令でしかない。
 季節ものから定番ものまで。とにかく口やかましいほどの店内で、俺はなぜか二人の隣に座らされている。だから、そう、聞く気は無いというのに、二人の会話は必然的に耳に入ってくるのだ。
 賑やかな店内。二人の会話を気にしているのは、俺くらいのものだ。
「いやあ、しかし、えらい売上になったよなあ」
「なかなか需要あったな」
 何が、と問いかけるのは野暮である。俺の脳内では、分かりきっている。AVだ。本当に撮ったのだ、この人たちは。
 女性向け、男性向け、そういうことに限定せずにウェブへと配信が上がったのはつい先日だ。丁度、あの企画を立案した次の日だった。
 顔は映っていなかった。ただ、俺は簓さんの声だとすぐに分かったし、彼の肌をなぞる手が左馬刻さんだということもすぐに判別がついた。
 固定カメラで撮られており、顔は、全くと言っていいほど映っていない。ただただ、男二人のむつみ合う様子が映されている。
 ――タイトルは【素人芸人二十四歳】。
 画像のサムネイルは口から下だけを映して、シャツを乱した簓さんの薄い胸板のみ。それくらいだ。特徴的な緑の髪色も見えていないから、きっとそれが簓さんだということに気付くのは難しいだろう。
 ただ、声はどうしようもない。けれども、これは声なので、他人の空似でどうとでもなるのだ。
 演技しろ、と左馬刻さんが言っていたので、簓さんの喘ぎ声はもしかしたらわざとだったのかも知れない。
 ……なんで俺がこんなに詳しいかと言えば、ついこの間、この寿司を食べることに誘われる二日前に仲間内に見せられたからだ。
 最近人気のAVがあるんだけど、と言われて見せられたのがそれだった。ひたすらに突っ込まれて、喘いでいる場面。嫌がりながらも最終的には陥落するという具合のものだった。
これ会議で言っていたまんまじゃないですか。と、俺は思ったのだが、勿論だれにもそんなことは伝えていない。演技くさいなあ、とその見せてくれた男も思っていたらしいが、シークバーを動かして、五十分後くらいの状況にそいつは笑いながら呟く。
「こっから、まじやべえんだよ」
 何がやばいのか分からないが、不意に叫ぶような声が画面からして、そこから揺さぶられる体がオモチャみたいに跳ね回って喘ぎ啼く声が響いた。
 うわ、これ、こっから嘘じゃないだろ。
 俺は画面に映る二人が誰かを知っているので、左馬刻さん容赦ないなあと、思うほかなく、それ以外の感想を持とうものなら、恐らく俺はあの二人の空気にもなれないのだ。
 男の声だけどすげえな、と仲間たちは笑っていたけど、俺は笑うことも難しかった。
 そんな動画の二人は、熱燗を片手に涼しい顔をしてあんな動画なんて撮った素振りも無い。
「わりと収入ええし、次回作も行ってみる?」
「次はそうだな。ステーキでもみんなと行くのに、稼ぐか」
 二人の会話を聞きながら、俺は口の中に海胆を放り込んだ。
 寿司は美味い。次回のステーキも楽しみだ。
 けれども、けれどもだ。

 ――頼むから、この二人に身売り以外の金策を教えてはくれないだろうか! と、俺は心の中で叫んだのだった。


END

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