Chapter4 〜華奢〜





行きすがら、呆然とした様な、恍惚とした様な、数多の視線を無視し続け。

隊主室の扉を開くと、驚きに見開いた白哉と目が合った。


「…えっと、白哉昨日ごめんね?」


取り敢えず昨夜の事を謝りたくて、話を切り出すと、彼は無言で何時も首に巻いている紗を外し、手招きする。

大人しく側に寄ると、肌触りの良いそれを肩に掛けられて、私は目を瞬かせた。


「…ねぇ、白哉。これすっごく高い物の気がするんだけど気のせいかな」


陽の光を通す程に薄い生地に見えるのに、凄く温かくて、良く見れば細か装飾が入っているそれは、良く知らない私から見ても凄く高そうで。


「気にするな。それよりも、そんな姿で居られる方が目に毒だ」


「…ごめんね、見苦しかった?」


少し落胆して彼を見上げると、頭が痛いとでも言いたげに溜息を吐かれた。


「…案ずるな。其方は、美しい。それ故に肌を隠さねば面倒な事に巻き込まれる」


「…白哉に、褒められた」


何となく恥ずかしくなって、顔を背けると、くいと引き寄せられた。

ふわりと香る彼の香りに、抱き寄せられたのだと悟って見上げると、手で目元を覆われる。


「昨夜はあの後どうなった?」


その言葉に私は硬直した。

昨日、冬獅郎の部屋での出来事は、きっちり覚えてはいるものの、流石に人に言える様なものではなくて。

突き放されそうになって自棄を起こした自分の言動も、彼の行動も。

恐らく知れれば大変な事になる気がして。


「…あんまり、覚えてないよ」


私は恐らく初めて、この人に嘘をついた。

それは多分、身体が触れ合っている彼には意味の無いもので。


「…言えぬ事があったのか」


少し固くなった声に、つきりと胸が痛んだ。


「…私が我儘言って、冬獅郎が怒って。でも一人になりたくなくて…」


手がすっと外されて、視界が戻る。

見上げた彼はこれ以上無い位、険しい顔をしていた。


「何故私の所へ来なかった?」


「…白哉、先帰っちゃったから…何か用事でもあったのかと思って…」


本当は違う。

ただ寂しいだけなら、私はすぐにこの人の所へ行っていたはず。

怖かったんだ。

冬獅郎に突き放されるのが。

拒絶されるのが、酷く恐ろしくて。

じゃなきゃ、自分の恐怖を我慢してまで、側に居ようだなんて思うはずない。


「…人に拒絶されるのが怖いか」


見透かすような漆黒の瞳に、私の弱さを暴かれる。

吸い込まれる様な真っ直ぐな瞳に、もう嘘など付けなくて。

小さく頷いて肯定を示した。

どうしてこんなに恐ろしいのか分からない。

けれどもし、この人に彼と同じ事を言われたら。

私はまた、自分自身が消えてしまうかのような、あの途方もない不安に襲われるのだろう。

私は意志の力で形を成したけれど。

そこに存在する事を認めてくれるのは彼等だけで。

私が人と同じ、心を持っている事を理解してくれるのは彼等だけで。

もしこの人達の中から、私という存在が消えてしまえば。

多分私は…


「もう良い。何も考えるな」


白哉にそっと抱き締められて、漸く私は自分の呼吸が酷く乱れている事に気付いた。

優しく髪を梳かれて、息の仕方を思い出す。


「すまぬ。其方を追い詰めるつもりは無かった」


彼の言葉に悪気が無いことぐらい分かってる。

けれど私の心は、私が思っていたよりずっと脆いらしい。


「ごめん、なさい」


「何故謝る?玲。其方は悪くないだろう」


彼の羽織をきゅっと握って、胸に顔を埋めた。

一瞬、私の中で天照の光が弱まって、月読が身動ぎしたのを感じ取ってしまって。

背に悪寒が走って、しがみ付かずには居られなかった。

白哉は何もそれ以上言わずに、私の背を撫で続けてくれた。


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