Chapter6 〜現世〜

空座町の街中を銀髪翡翠眼の美青年と、濡羽髪と琥珀の瞳を持つ美少女が並んで歩けば、自然人の波が割れる。
恍惚と頬を染める女達と、呆然と魅入られる男達。
そんな人間達を横目に、冬獅郎は隣を歩く玲を見遣った。
シックな黒のワンピースに身を包む彼女の義骸は、普段隠れている足を惜しげも無く晒していて、胸元も少し開き気味だ。
確かに現世ではそう珍しい格好ではないかも知れない。
しかし、目のやり場に困る事は確かだった。
ふいにぱちっと目が合って、玲が楽しそうに笑みを浮かべる。
「冬獅郎、洋服も似合うよね。格好良いっ」
玲の言葉に朱くならない様そっぽをむく冬獅郎。
「お前…馬鹿にしてるのかからかってるのかどっちだ」
「褒めてるの〜。素直じゃないなぁ」
む、と口を尖らせる玲は、それすら綺麗だった。
少なくとも、そこらの男が鼻から血を出し、何かを必死に堪えて走り去る程度には。
「あ、綺麗!」
玲が足を止めたのはアクセサリーショップだった。
そこまで高そうな佇まいではない、何処にでもありそうな、所謂小間物屋。
尸魂界のそれとは細工のレベルが段違いだが。
「そういえばお前、現世の金持ってんのか」
一応確認の為に冬獅郎が問うと。
ぴしりと固まる玲。
その後、何かを思いついた様に掌に意識を集中しようとした彼女を見て。
「いや、創るなよ?」
その手を抑えて止める。
なんでも創れるのはもう嫌という程知っているが。
金銭まで創造されると、流石に色々と困る。
というか、現世の金は確か偽物が作れない様、細かい番号まで振ってあるはずだ。
こっちで犯罪者になるのは御免被りたい冬獅郎だった。
「じゃあ、なんか売れば良い?」
「そういう問題じゃねぇだろ…」
呆れた様に呟くと、悲しそうに揺れた瞳に、溜息。
元々此方の金を持っていない訳でも、買ってやらないなんて意地悪を言った訳でも無い冬獅郎は、頼ろうとしない玲に不満を持っただけなのだが。
「買ってやるって言ってるんだよ」
「え?」
きょとんと目を見開く玲を、ジト目で睨む冬獅郎。
「お前な…。なんだ、その意外そうな顔は」
「う、だって」
琥珀の瞳が何処と無く不安に揺れるのは、迷惑だとでも思っているからなのか。
行動は予測が付かないくせに、こういう所は分かりやすい。
「伊達に隊長なんざやってねぇよ。この程度の買い物で心配すんな」
暫く悩んだ玲は、やがてこくりと頷いた。
「向こうで給金出たら返すね」
可愛げの無い言葉と共に。
「良いって言ってるだろ」
妙に頑固な玲の手を引いて店の中に入る。
途端、きらきらと目を輝かせて彼女が見つめる先にあったのは、澄んだ翡翠色の宝石に銀色の装飾が施されたピアスだった。
「これか?」
「あ、うん」
自分に酷く良く似た色に戸惑いながらも取り上げると。
玲は嬉しそうに笑った。
会計を済ませて店を出ると、玲は近くの広場ですぐにそれを耳に付ける。
華奢な銀細工に翡翠の石が映えるそれは、やはり色合いが似過ぎていて。
「なんでそれなんだ?」
気になって冬獅郎が問うと。
「この翡翠色、綺麗でしょ?冬獅郎の目にそっくりだもん」
微笑んだ玲に恐らく他意は無い。
しかし、隊長となった今でこそ少ないが、昔は気味が悪いと良く陰口を叩かれたこの色を、純粋に綺麗だと言われた彼は、玲を腕の中に閉じ込めていた。
「人前だと嫌なんじゃ無かったの?」
不思議そうにしながらも、抵抗する様子は無い彼女の額に口付ける。
「二度と会う予定もねぇ奴等なら見られても困らねぇだろ?」
耳許で囁くと、玲は納得した様に冬獅郎に身を預けた。
今後会うかもしれない高校生がそれを見て目を覆っていることには気付かずに。
「うわぁあ、なんだよぅ、あの無駄に目を惹く美男美女カップルはぁ!人前でイチャイチャすんなよぅ、周り見やがれこのやろぉ〜!」
全力で背を向けて負け犬の如く逃げて行く彼は空座第一高校の浅野啓吾。
たまたま学校を休んで姉に買い物を命じられた、黒埼一護のクラスメイト。
彼が玲や冬獅郎と再会する日はまだ遠い。
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